2024年9月29日日曜日

懸案::池澤の世界文学全集ふくむ

岩波新書で中国現代史と中国史、アメリカ史がのこっている

https://note.com/gaibunkyoku/n/n2bfe550db161 世界文学サークル 世界文学年表pulpに匹敵!

ーーーー【ラテン10大小説】ーーーーーーー------------
・バルガス=リョサ 『緑の家』
・ガルシ=マルケス 『百年の孤独』
・アジェンデ『精霊たちの家』
・アストゥリアス『大統領閣下』
・カルペンティエル 『失われた足跡』
・フェンテス 『我らが大地 テラノストラ』 『老いぼれグリンゴ』代替
・プイグ『蜘蛛女のキス』映画を見た(半分だが)
・ドノソ 『夜のみだらな鳥』 奇形児の養育で語られるアンチ・マチスモ?
・コルタサル『石蹴り』前衛的短編集? 
・ボルヘス 『エル・アレフ』 「シェクスピアのこと」最後の短編集で代替

ーーールネサンス後の人間主義の系譜ーーーーーーーーー

ユマニストの系譜:ダンテとチョーサーは14世紀で千夜一夜の影響大
エラスムスとモアは15世紀、ラブレーは16世紀、セルバンテスとスイフトは17世紀、18世紀のスターンは前衛すぎて微妙 シェクスピアは戯曲だから、これもなかなか 

ーーーー 19世紀以後の近現代文学 ーーーーーーーーーーーー

19世紀にはじまる近代文学は無矛盾性、秩序性、明晰性、簡潔性、建設性、独創性、普遍性などの特徴を持つ。これに対し、モダニズム文学は、20世紀文学の一潮流で、1920年前後に起こった前衛運動をさす。都市生活を背景にし、既成の手法を否定した前衛的な文学運動。ヨーロッパ、アメリカ合衆国、日本、ラテンアメリカなど各国でその動向が見られる。(1)19世紀的な安定した時間・空間構造の解体、断片化への志向、(2)意識の流れや無意識的記憶など、意識下の世界への着目、(3)方法意識の尖鋭化などが、その全般的な傾向である。ポストモダン文学は近代文学の特徴に反する特徴を持つ文学のことであり、モダニズムを含む。ポストモダン文学は物語の矛盾を肯定的に含んだり(むしろ物語は常に矛盾を含むものである、といった姿勢)、時間軸の無秩序性、衒学性、蕩尽性、記号性、全面的破壊、模倣、大きな物語の終焉、普遍性への懐疑、自己の解体等々である。アイルランドの作家ジェイムズ・ジョイスと英国の作家ヴァージニア・ウルフが死んだ1941年がポストモダンのスタートラインだといわれることがある。例えばポストモダンの始まりを予感させる最初の出版物は1949年のジョン・ホークス『人食い』、演劇では1953年の『ゴドーを待ちながら』、それから1956年の『吠える』や1959年の『裸のランチ』などである。ポストモダン文学は同じ時代に書かれた作品についてあまり言及しないにも関わらず、様々な戦後の興隆(不条理演劇、ビート・ジェネレーション、マジックリアリズムなど)は見逃せない類似点をもっている。それらの発展はときおりまとめて《ポストモダン》と言われる。一般的には重要人物(サミュエル・ベケット、ウィリアム・S・バロウズ、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、フリオ・コルタサル、ガブリエル・ガルシア=マルケス)がポストモダンへの貢献者だとされている。しかし、マジック・リアリズムなどの南米文学に対してポストモダンとよぶのに反論もあり、オクタビオ・パスは、ポストモダンは、ラテンアメリカの文化とは相入れない壮大な文学的外来種だと主張した。いずれにしても、1961年の『キャッチ22』、1968年の『びっくりハウスの迷子』、1969年の『スローターハウス5』、1973年の『重力の虹』などの出版物にように、ポストモダンのピークは1960年代と1970年代であることは間違いない。レイモンド・カーヴァーによって代表される新しい潮流がポストモダンを終わらせたという意見もある
(文学上の手法としての「意識の流れ」)
この「意識の流れ」の概念は、その後文学の世界に転用され、「人間の精神の中に絶え間なく移ろっていく主観的な思考や感覚を、特に注釈を付けることなく記述していく文学上の手法」という文学上の表現の一手法を示す言葉として使用されて文学用語になった この手法を小説の全編にわたって最初に使ったのは、ドロシー・リチャードソン の『尖った屋根』(1915年)とされているが、それより先のジェイムズ・ジョイスの『若き日の芸術家の肖像』(1914年-1915年)にも部分的に用いられている また、この表現方法でよく使われる文体の「内的独白」(interior monologue)と呼ばれる手法は、エドゥアール・デュジャルダンが初めて用いたとされ、「意識の流れ」の起源を特定の1人の作家とは限定しにくく、哲学や文学の「時代精神」的な流れで発生している 人間の思考を秩序立てたものではなく、絶え間ない流れとして描こうとする試みは、「意識の流れ」という語の成立以前からあり、最も早い例としてはローレンス・スターン『紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見』などがあるが、特に近現代の意識の流れを用いた小説には心理学の発達、殊にジークムント・フロイトの影響が見逃せない。「意識の流れ」を用いた代表的な作品としては、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』『フィネガンズ・ウェイク』、ヴァージニア・ウルフの『灯台へ』、フォークナーの『響きと怒り』などがある。キャサリン・マンスフィールド、ドロシー・リチャードソンなどの作家も、「意識の流れ」を用いた作家として挙げられる。日本の作家では川端康成が、『針と硝子と霧』(1930年)、『水晶幻想』(1931年)において「意識の流れ」を実験的に用いており、横光利一の『機械』(1931年)にもこの手法の影響が散見できる。これに対し後輩の伊藤整や堀辰夫は新心理主義とよばれるが、日本近代文学の本流が自然主義であることにかわりはなかった(プロ文も白樺もおしのけ)。戦後は、第三の新人、大江・中上、そして内向の世代。。。。村上は世界文学だった
(アメリカ合衆国のポストモダン文学)
ポップカルチャーの発祥地とも言えるアメリカ合衆国では、やはり、ポップと文学の融合というような特色が濃く見られる。「スリップストリーム」(主流文学と通俗文学の境界解体)、「アヴァン・ポップ」(前衛文学とポップカルチャーの融合)という潮流があった。フィリップ・K・ディック、カート・ヴォネガット(SF小説と純文学の融合)や、ポール・オースター(探偵小説と純文学の融合)などがこの流れの代表的存在である。

ーーーーーーー懸案 その3 哲学 竹田哲学 ーーーーーーーーーーーーーーーーー
新・哲学入門抜粋
第一章 哲学の本質
宗教は物語で世界説明を行うが、哲学は普遍洞察で世界説明を試みる。宗教は共同体を超ええないが哲学は超えうる。
ギリシャ哲学は、自然科学につらなる自然哲学と、認識論、存在論、価値論を哲学の中心課題としたが、難問は認識論だとのこと。。。。
哲学の目的は不変暴力の縮減である。起源は不明なるも言語ゲームが動物世界とことなり弱肉強食でなく人間世界に普遍暴力をもたらした。
そして国家がその抑止装置としてあらわれてきた。現代哲学主流の相対論主義者は竹田を独断論と批判するが、多様な議論は自由市民社会に
おいてのみ可能であることを忘却している! 社会契約と一般意志(ルソー)にもとづく自由な市民社会こそが
自由と価値の多様性を保証する 国家間の普遍交換のみが持続成長を可能とする資本主義の基礎である(独占予防の持続的修正を必要とする。
ただ、本書では、そのための議論はしない。欲望論をよまれたい。)

第二章 本体論的転回と認識の解明

ゴルギアスのテーゼは、以下のとおり。認識は、存在の代表象であって存在それ自体ではない。言語は認識(意味)の代表象であって認識それ自体ではない。
それゆえ、存在、認識、言語の間の厳密な一致は不可能である。もし、これが正しければ普遍認識は不可能となるが、フッサールとニーチェが論破した。

ニーチェの存在論の根本的転回のキーワードは「遠近法」である。世界はそれ自体として「存在」してはいない。世界は「力」によって分節されつつ
たえず「生成」する。まず「存在」(世界自体)があって、次にその認識としての「生成の世界」があるのではない!
生き物の「実存世界」(生成の世界)だけが現実存在する。だが人間は、言語ゲームを通してそれぞれの「実存世界」を交換しあう。
そのことが人間をして、私が経験しているのと「同じ世界」を、他者たちもまた経験していることを知る(信じる)。。。。追記必要!
これを本体論の解体という。つまり客観とは主観からの遠近?

フッサールの現象学的還元とは、一切の認識を主観における「確信」の成立(構成)とみなすこと。一種の視線の変更である。
自然的態度とは赤いものあるー客観原因からりんごー主観結果があるとするが、現象学的には赤いものが見えるー主観原因から
りんごー客観結果があると確信する。論理的にはどっちでもいいが、世界観を記載するには、後者の方法が不可欠。
確信には個的、共同的、普遍的の3種がある。普遍的確信認識には1.厳密な確信領域 2.そうでない領域の2種がある
人文領域における普遍認識の可能性は1.の追求では得られない。

第三章 欲望論哲学の開始

 1。欲望相関性
  世界は欲望の相関者としてのみ分節される。欲望相関性の概念は「内的体験」「エロス的力動」「世界分節」の3契機によって構成される。

(1)内的体験
  すべての生き物は、生の内的体験すなわち「内的実存」の世界を生きる。「価値」とは、内的実存の世界におけるエロス的触発ー生起、発動を源泉とする。
(2)エロス的力動(情動性)
    「内的体験」の世界に生じる心的力動をエロス的力動とよぶ。「価値」(またその相関者としての「意味」)の概念は、
    ただ「エロス的力動」の概念からのみ導かれ、展開される。
(3)世界分節
  世界は根源的に「欲望」という価値的に分節、生成される。注:始原の分節は、『快・不快』の審級である。
  存在論的に認識論的にも「内的実存」の世界こそが、客観世界に先行する。ニーチェ、フッサール、ウィトゲンシュタインの3人のみが、この本質理解を示した。
 
 2.方法としての本質洞察
    自然科学の「自然の数学化」という方法は、自然世界の認識が「不可疑」という原則とともに有効だが、人文領域の普遍認識としては無効である。コント実証主義の
    看過した点である。人文領域の方法的基礎は現象学的「純粋意識」と「本質観取」を基礎としつつ(フッサール)、欲望論的な「現前意識」「本質洞察」へ
    転移されねばならない。「情動」を世界構成の根本契機とすることによって、はじめて「価値」の本質論が可能となる。

 3.意味と価値の本質学
  まず、意味とは何か。意味の生成は、対象の「一般的意味」を構成するだけでなく、対象の価値をめぐる関係的な意味の連関を生み出す。そして、これらの
  意味の系列は、私の欲望とその強度を、この世界分節の絶対的な「中心」(遠近法)としてもつ。生物のもつ根本能力である遠隔知覚は時間的ー空間的に構成する
  過程で「快・不快」は「予期・不安」へ時間化される。意味とは、生き物自身の世界了解の世界分節性であった。
  つぎに価値とは何か。実存世界の本質関係としては、欲望が発端となり、価値の生成が意味の生成に先行する。人間は言語ゲームで、内的体験を
  相互交換し、間主観的な信憑として客観的に存在する「同一の世界」なるものがお互いのうちに成立する。この過程が普遍的にくりかえされ、1個のリンゴは
  果物一般という客体化された価値と意味として存在するようになる。

第四章 世界認識の一般構成
 1.世界の一般構成
  個的直観と意味直観(フッサール)にくわえ情動所与をあわせて世界理解が成立する。世界確信は日常理解、公共理解、文化理念理解よりなる。
 (1)日常世界では、欲望をともなう直接理解が本質である。(2)公共世界では、伝聞が中心となり世界確信が構成される。
 (3)文化理念世界(宗教・芸術・形而上学)は主として言語によって構成されている。宗教・政治思想・価値観・審美観・さらに言語化されないものと
  しての「超越的世界」がここにある。人間は(1)~(3)の重層に人生を生きているが、(3)は確信根拠の検証可能性を本来もたない。
 2.時間意識の本質学
    ハイデガーによれば、人間存在は、被投性ー現在ー企投という実存の構造であり、このため、現前、過去、未来という時間形式が必然化される。
    フッサールによれば、人間の現在知覚は本質的に直後記憶の契機が織り込まれており、未来把持を予感するようになっている。
 3.「生き生きとした今」の構成
   時間的な体験は、「持続的顕在」があり、「情動継起」が促され、「情動累積」で生き生き(エロス的)なものとなる。これは間主観的にも妥当する。
   ただ、これがいつも反復的に現れなくなると、公共概念や文化理念の構成が不安定となる!

第五章 幻想的身体論
  1.身体問題のアポリア
   「身体」は、物質と心の秩序の境界線上にある。だが、心と物は、存在審級を異にし、相互に還元不可能である。ベルクソンは生き物の身体を
   「記憶をもった物質」と規定した。しかし、ここから価値論には発展しない。
  2.現象学的身体論
      私の同一性は、ただ現前意識における私の経験についての自己確証の反復可能性という条件に依存する。そして、こうした経験の蓄積から、
      われわれは一瞥のうちに対象の豊かな意味ー価値性を直観的に把握する。
    3.「身体」の本質洞察
      人間の身体は、単なる感覚器官なのではなく世界感受の総合的能力、すなわち世界を意味、価値、エロス的総体として感受する一つの
      「能う(Ich Kann)」にほかならない。
      「身体」の本質契機に属するのは、(1)エロス的感受(2)「存在可能」(3)「能う」の3つである
      (1)エロス的感受
      存在の非知的告知は、実存的生の始発性である。それは「快ー不快」そして遠隔知覚による「予期ー不安」を基底にもち、その背後はない。
      (2)「存在可能」
      人間は間主観の関係世界をいきるゆえに、人間の欲望は、さまざまな選択ー判断の契機をもつ。これが「自由」の起源となる。
      (3)「能う」
       「能う」は修練可能性をもつ。そのために、感受能力を向上させる、言語連絡機能を向上させる必要がある。

第六章 無意識と深層文法
  1.深層心理学の展開
    身体とならんで無意識も、現前意識において構成される一つの世界確信としての現実性にほかならない。
  2.「深層文法」
    人間の主体は、じつは不可視の内的領域に規定され、構造化され、従属しているが、この無意識の領域は独自の理論で可視化できるとする。
    ただ、これは検証可能性のない仮説であり、宗教の物語構造と類似である。われわれが生き物に見出す空白、ブラックボックス、つまり心は
    選択的機能としての脳の機能にほかならない。つまりベルクソンのいう人間の『自由』である。
  3.無意識の本質洞察
       無意識はカントの物自体に似て可想界にある。では、どのような現象と経験を我々は「無意識」とよび、それはどのような記述で
       間主観的な妥当性をもつのかと問う。まず無意識とは、こういえる。本質的に、自分の存在についての自己理解と他者の理解とのズレの
       自覚として現れ(自己のきづきも含む)、それを克服しようとする自己配慮を含む。そうした事象ー経験一般を我々は「無意識」とよぶ。
       こういう観点からの心理療法は、それ以外の方法がないというだけの理由で妥当性をもつ。
    
    近代哲学は、「社会」を諸ルールによって構成された構造として把握する方法を創出し、そのことで歴史上はじめて、社会を人間にとって対処ー
    操作可能な対象として表現した。フロイトは、これと同じことを「心」についてはたした。

第七章 価値審級の発生
  1.価値論的転回
    価値の問いは、ニーチェに至るまで、何らかの超越的存在による根拠づけという発生から抜け出せなかった。道徳の基礎に人間性を置いたカントですら。
  2.価値審級の発生論
    それは快不快と予期不安、能うのエロス、関係エロス、初期禁止による良い悪い、きれい汚いの審級、ルール遵守で承認価値をえる自己価値と発展する。
   (1)身体的快不快と予期不安
       乳児のエロスが口唇に現局しているのは明白で、母が一方的言語ゲームを開始するのも明白。
     (2)「身体的ー能う」のエロス
      口唇段階から、身体を動かすエロスに発展する。そして、視覚・聴覚への関心も発生する。
     (3)「関係感情」のエロス
      「笑い」が芽生える。それは、母との双方向的要求ー応答関係となる。この段階で、子に自我・他我の弁別はまだないが、
       人間の心的世界を根本的に性格づける対他的「感情世界」の形成の基礎となる。
    3.初期禁止
     (4)初期禁止と『良い・悪い』
         初期禁止の開始により、前述の段階から第四の段階、母からの諸規範の要求に子が応答する「規範ールール」の受容の段階にうつる。
         ここで、母は初めての他我となる。そして「自我」は、自己が他者にとっていかなる存在としてあるべきかについての自己配慮として形成される。
         ここが、関係的存在としての人間となる、決定的転回点である。

第八章 「善と悪」
1.「よい・わるい」の生成
  人間は第一に母子の関係感情の世界、第二に言語ゲームの世界、そして第三に「自我」への価値的ルールの内面化。これらの諸契機が
  善悪、美醜の価値審級をつくり、最終的に「真善美」の価値秩序をうちたてる。
    (5)ルール規範の遵守をめぐる承認価値(第七章からつづく、その5である)
        「よいーわるい」は初期禁止を転回点として、禁止をめぐる子の順守と抵抗の態度を呼び分けるものとなる。ここで
         それは、はじめて人間の関係世界における「価値」審級の言葉となる。さらに「良い子ー悪い子」という言葉が子の自我主体を自立させる。
         子は、この地平で、自己固有の「内的ルール」として「よい・わるい」を打ち立て、倫理的存在としての関係的自己となる。
          つまり良心をもったり、失ったりする存在となる。うそといいわけがそれである。
2.良心の疚しさ
  いたづらは、子が、自分たちの新しい「よいーわるい」のルールを形成し、自らその秩序を調整していゆく能力を身につけてゆくための、
  始めの通過儀礼である。しかし、「疚しさ」を解消するには、よい子規範が、母からの愛情や承認で受容されるとき、よい子たろうとする
  自発的内面化が必要である。
3.抗弁 正当化 悪
  それがルール違反であることを明瞭に自覚しつつ、それを「罪」と認めず、言語的な正当化、抗弁によって無化しようとする試みにおいて、
  はじめて、自立的な自己中心性としての「悪」が現れる。
4.ロマン的世界と自己理想
  象徴的にいえば、人間は「美徳」の道と、「幸福(悪徳)」の道の大きな岐路に、人生で二度であう。一回目は幼児期だが、二回目は思春期で
  人間の主権的な自己配慮と自己決定という意味で、後者は前者よりはるかに重要である。それは、自己ロマンと自己理想をそだてる。

第九章 「きれいーきたない」審級
1.ヨーロッパの美学
  美は主観的なのに、なぜ普遍性をもつのか?プラトンは、美というイデアがあるのだと謎めいた結論を残した。カントは、この二律背反に
  想像力と能力を感性と悟性の間におくと快さが発生する、つぎに悟性と理性の間に判断力という能力をおくと合目的性が発生する、それが美だとのべた。
  しかし、合目的性に神学的なものを感じたシラーとヘーゲルは批判した。美は人間精神の自由の本質の表現性であると。本書後半で詳述される。
2.美的対象の一般本質
  ハイデガーによれば、気遣いと用在で、人間は客観性と実存性の二重性を生きていることを明確にした。では美しい花は?
  「もっと見ていたい」という情動的衝迫(一種の享受蕩尽)をもたらす、そういうものを「美しい」花とよぶ。
   それを可能にしているのはカント的でない世界感受(能う)をもつ幻想的身体である。
3.美的審級の発生
  母の「きれいーきたない」は、おそらくはじめは、美的な秩序とは違ったものを指し示す。まずは、「不潔-清潔」の意味で使われる。
  母は子との言語ゲームで、さらに清潔とは異なった意味の『きれい』が了解されていく。
 (1)形象指示了解
  母が「きれい」とよばれるものの外見上の、つまり形象上の共通性を了解させる。ただ、その形象は、むしろ形態の多様性が際立っている。
 (2)情動指示了解
  母は子に「きれいね」と呼びかけるとき、対象の許可と推奨のみならず、共感への招聘を促している。
 (3)対象的特性の了解
  美的対象は、子に好奇心をかきたてる。そして、形象をこえたよきものの予感を生じる。美的対象は、つねにまだ開かれていない愉楽的な
  「世界性」の感覚を「背後性」としてもつ。

第十章 美醜
1.容貌の美
  エロース(善きものと美にひきつけられる人間欲望)の本質は以下のとおり。「美的欲望の対象は、人間の感受性の能力の展開に応じて転移する」
  では、なぜわれわれは感覚的な知覚から来るエロスと人間の心性から受け取るエロスを、同じ美という名で呼ぶのか?以下で詳述。
2.顔の形而上学
  私から絶対的に自立しつつ、それ自身の主権性を維持する「他者の他者性」を、「顔」はたえず公現する。では美しい顔は何を公現している?
  それは起源としては、母の顔の表情それ自体でなく、それが生み出す関係感情の肯定的エロス性である。
3.行為の美、精神の美
  義務的な正しい行為・精神とことなり、純粋、無垢、高邁、気高さを美しい行為・精神は持っている。美は、道徳や崇高の概念とまったく
  同居不能というわけではないが、本質的に生の「義務」や「当為」から逃れて、世界のエロス的享受ということにその核心をもつ。
4.体現美
  「恋愛」で見出される他者の美しさは、自分が生きているのはこの美しいものを知り、それに触れるためであったと気づくといった仕方で現れる。
  恋人の美に人が直観する「美のイデア」とは、こうした一回性の実存的生における超越的欲望の可能性のビジョンである。だが、それはつねに 
  欺瞞を内蔵しうるために、人は深い審美眼を持つ必要がある。人は、それによって、精神の美に到達できる。

第十一章 芸術美
1.ヨーロッパ芸術哲学
  芸術の本質はむしろそれが「現れる仕方」(表現性)にある。それは前景と後景という累層構造をもつ。
2.芸術体験の本質学
  芸術体験は、作品、鑑賞者、作品的感銘、表現力的偉力の諸契機よりなる。感銘は創造への意欲、偉力は喧伝の情熱をかきたてる。
  創造はおおくの場合に挫折するため、作者の才能を天与としがち(後述) 「批評の言語ゲーム」が、ちょうど超越的なものへの集合的信が神を
  生み出すように、間主観的信憑として芸術なるものを創出する。
3.現代芸術論の対立構造 デリダとハイデガー
  現実言語の本質洞察により、発語(テクスト)とその了解の間には、そもそも「正しい受取」(一致)がありえない、そこには了解の不可能性(断絶)が
  あるのではなく、むしろただ「信憑関係」だけが存在する。我々は作者の作品的偉力についての不可疑の信憑が成立させる。

第十二章 芸術の本質学
 1.芸術と結晶作用 ニーチェ
  ニーチェによれば、芸術は、その根拠を、生それ自身に対する人間の是認と肯定、憧憬の力、生それ自身を理想化し、ことほぎ、賛美する力、生のエロスの享受への
  「我ほっす」にもつ。恋愛と同じように、欺瞞されることがあったとしても、生にどれほどの困難があっても生そのものへの憧れと意欲を保持し
  生き延びさせる力を支える。これが芸術の本質である。シニシズム・ペシミズム・ルサンチマンの芸術も癒し効果があれば許される。
 2.生の蕩尽 バタイユ
  バタイユによれば人間の性と芸術とは、もともと、人間世界の「禁止と労働」の秩序をその起源とする。これらを幻想的に乗り越えようとした
  試みが宗教、エロティズム、芸術という形式をとる。つまり芸術や文学は宗教の後継ぎである。エロティズムと芸術は瞬間的蕩尽の形をとる。
3.精神の内的自由 ヘーゲル
 (1)人間の欲望は自己欲望であるとともに、他者への欲望という独自の二重性をもつ。
 (2)自己価値欲望は承認をめぐる主奴の戦い、または相互承認というかたちをとる。
 (3)近代社会では後者が発展し自己実現の欲望となる
  (4)人間の欲望はつねに判断選択の欲望であり、一種の自由の欲望となる。
  教養と精神が、より普遍的なものへむかう自由の無限の運動となる。

終章(第十三) 芸術の普遍性
1.芸術の普遍性
  ニーチェはいう 「真理(道徳・善)はみにくい。私たちが芸術をもっているのは、私たちが真理で台無しにならないためである。」
  芸術のうちに道徳の理念が投げ込まれるとき芸術の本質は毀損される。
2.公共のテーブル
  芸術ー批評のテーブルはいわば公共のテーブルである。ここにおいて芸術の普遍性が現れる。そこは哲学のテーブルとちがい判断ではなく感受が判定基準。
  歴史的時間推移のなかで、普遍的範例として「古典作品」が生み出されるだけである。多様な価値観と感受性の差異から、そこに通底するよきものの間主観
  的信憑の形成として芸術的編成は創出される。
3.文化のゲーム
  アレントによれば、人間の社会的営為は労働・制作・活動からなるが、これを竹田は経済・政治・文化に変奏した。文化の営みは、生命維持のための経済、
  暴力の縮減のための政治とちがい、人間の生のエロスの表現をその本質とする。これら三者は、暴力が排除された公共のテーブルで、よきもの、
  ほんとうのものをめがけ表現し、それを育てようとする人々の集合的意思によってのみ人間社会の普遍性は出現する。
 
注:ヘーゲルが重要だとのこと

ーーーーーーー 懸案 その1 歴史 ーーーーーーーーーーーーーー

岩波新書歴史シリーズ

古代 1 農耕社会の成立       近現代史 1 幕末・維新
   2 ヤマト王権              2 民権と憲法
   3 飛鳥の都               3 日清・日露戦争
   4 平城京の時代             4 大正デモクラシー
   5 平安京遷都              5 満州事変から日中戦争へ
   6 摂関政治               6 アジア・太平洋戦争
                        7 占領と改革
中世 1 中世社会のはじまり          8 高度成長
   2 鎌倉幕府と朝廷            9 ポスト戦後社会
   3 室町幕府と地方の社会        10 日本の近現代をどう見るか
   4 分裂と天下統一

ーーールネサンス後の人間主義の系譜ーーーーーーーーー

ユマニストの系譜:ダンテとチョーサーは14世紀で千夜一夜の影響大
エラスムスとモアは15世紀、ラブレーは16世紀、セルバンテスとスイフトは17世紀、18世紀のスターンは前衛すぎて微妙 シェクスピアは戯曲だから、これもなかなか 

ーーーー 19世紀以後の近現代文学 ーーーーーーーーーーーー

19世紀にはじまる近代文学は無矛盾性、秩序性、明晰性、簡潔性、建設性、独創性、普遍性などの特徴を持つ。これに対し、モダニズム文学は、20世紀文学の一潮流で、1920年前後に起こった前衛運動をさす。都市生活を背景にし、既成の手法を否定した前衛的な文学運動。ヨーロッパ、アメリカ合衆国、日本、ラテンアメリカなど各国でその動向が見られる。(1)19世紀的な安定した時間・空間構造の解体、断片化への志向、(2)意識の流れや無意識的記憶など、意識下の世界への着目、(3)方法意識の尖鋭化などが、その全般的な傾向である。ポストモダン文学は近代文学の特徴に反する特徴を持つ文学のことであり、モダニズムを含む。ポストモダン文学は物語の矛盾を肯定的に含んだり(むしろ物語は常に矛盾を含むものである、といった姿勢)、時間軸の無秩序性、衒学性、蕩尽性、記号性、全面的破壊、模倣、大きな物語の終焉、普遍性への懐疑、自己の解体等々である。アイルランドの作家ジェイムズ・ジョイスと英国の作家ヴァージニア・ウルフが死んだ1941年がポストモダンのスタートラインだといわれることがある。例えばポストモダンの始まりを予感させる最初の出版物は1949年のジョン・ホークス『人食い』、演劇では1953年の『ゴドーを待ちながら』、それから1956年の『吠える』や1959年の『裸のランチ』などである。ポストモダン文学は同じ時代に書かれた作品についてあまり言及しないにも関わらず、様々な戦後の興隆(不条理演劇、ビート・ジェネレーション、マジックリアリズムなど)は見逃せない類似点をもっている。それらの発展はときおりまとめて《ポストモダン》と言われる。一般的には重要人物(サミュエル・ベケット、ウィリアム・S・バロウズ、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、フリオ・コルタサル、ガブリエル・ガルシア=マルケス)がポストモダンへの貢献者だとされている。しかし、マジック・リアリズムなどの南米文学に対してポストモダンとよぶのに反論もあり、オクタビオ・パスは、ポストモダンは、ラテンアメリカの文化とは相入れない壮大な文学的外来種だと主張した。いずれにしても、1961年の『キャッチ22』、1968年の『びっくりハウスの迷子』、1969年の『スローターハウス5』、1973年の『重力の虹』などの出版物にように、ポストモダンのピークは1960年代と1970年代であることは間違いない。レイモンド・カーヴァーによって代表される新しい潮流がポストモダンを終わらせたという意見もある
(文学上の手法としての「意識の流れ」)
この「意識の流れ」の概念は、その後文学の世界に転用され、「人間の精神の中に絶え間なく移ろっていく主観的な思考や感覚を、特に注釈を付けることなく記述していく文学上の手法」という文学上の表現の一手法を示す言葉として使用されて文学用語になった この手法を小説の全編にわたって最初に使ったのは、ドロシー・リチャードソン の『尖った屋根』(1915年)とされているが、それより先のジェイムズ・ジョイスの『若き日の芸術家の肖像』(1914年-1915年)にも部分的に用いられている また、この表現方法でよく使われる文体の「内的独白」(interior monologue)と呼ばれる手法は、エドゥアール・デュジャルダンが初めて用いたとされ、「意識の流れ」の起源を特定の1人の作家とは限定しにくく、哲学や文学の「時代精神」的な流れで発生している 人間の思考を秩序立てたものではなく、絶え間ない流れとして描こうとする試みは、「意識の流れ」という語の成立以前からあり、最も早い例としてはローレンス・スターン『紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見』などがあるが、特に近現代の意識の流れを用いた小説には心理学の発達、殊にジークムント・フロイトの影響が見逃せない。「意識の流れ」を用いた代表的な作品としては、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』『フィネガンズ・ウェイク』、ヴァージニア・ウルフの『灯台へ』、フォークナーの『響きと怒り』などがある。キャサリン・マンスフィールド、ドロシー・リチャードソンなどの作家も、「意識の流れ」を用いた作家として挙げられる。日本の作家では川端康成が、『針と硝子と霧』(1930年)、『水晶幻想』(1931年)において「意識の流れ」を実験的に用いており、横光利一の『機械』(1931年)にもこの手法の影響が散見できる。これに対し後輩の伊藤整や堀辰夫は新心理主義とよばれるが、日本近代文学の本流が自然主義であることにかわりはなかった(プロ文も白樺もおしのけ)。戦後は、第三の新人、大江・中上、そして内向の世代。。。。村上は世界文学だった
(アメリカ合衆国のポストモダン文学)
ポップカルチャーの発祥地とも言えるアメリカ合衆国では、やはり、ポップと文学の融合というような特色が濃く見られる。「スリップストリーム」(主流文学と通俗文学の境界解体)、「アヴァン・ポップ」(前衛文学とポップカルチャーの融合)という潮流があった。フィリップ・K・ディック、カート・ヴォネガット(SF小説と純文学の融合)や、ポール・オースター(探偵小説と純文学の融合)などがこの流れの代表的存在である。

ーーーーーーー懸案 その3 哲学 竹田哲学 ーーーーーーーーーーーーーーーーー
新・哲学入門抜粋
第一章 哲学の本質
宗教は物語で世界説明を行うが、哲学は普遍洞察で世界説明を試みる。宗教は共同体を超ええないが哲学は超えうる。
ギリシャ哲学は、自然科学につらなる自然哲学と、認識論、存在論、価値論を哲学の中心課題としたが、難問は認識論だとのこと。。。。
哲学の目的は不変暴力の縮減である。起源は不明なるも言語ゲームが動物世界とことなり弱肉強食でなく人間世界に普遍暴力をもたらした。
そして国家がその抑止装置としてあらわれてきた。現代哲学主流の相対論主義者は竹田を独断論と批判するが、多様な議論は自由市民社会に
おいてのみ可能であることを忘却している! 社会契約と一般意志(ルソー)にもとづく自由な市民社会こそが
自由と価値の多様性を保証する 国家間の普遍交換のみが持続成長を可能とする資本主義の基礎である(独占予防の持続的修正を必要とする。
ただ、本書では、そのための議論はしない。欲望論をよまれたい。)

第二章 本体論的転回と認識の解明

ゴルギアスのテーゼは、以下のとおり。認識は、存在の代表象であって存在それ自体ではない。言語は認識(意味)の代表象であって認識それ自体ではない。
それゆえ、存在、認識、言語の間の厳密な一致は不可能である。もし、これが正しければ普遍認識は不可能となるが、フッサールとニーチェが論破した。

ニーチェの存在論の根本的転回のキーワードは「遠近法」である。世界はそれ自体として「存在」してはいない。世界は「力」によって分節されつつ
たえず「生成」する。まず「存在」(世界自体)があって、次にその認識としての「生成の世界」があるのではない!
生き物の「実存世界」(生成の世界)だけが現実存在する。だが人間は、言語ゲームを通してそれぞれの「実存世界」を交換しあう。
そのことが人間をして、私が経験しているのと「同じ世界」を、他者たちもまた経験していることを知る(信じる)。。。。追記必要!
これを本体論の解体という。つまり客観とは主観からの遠近?

フッサールの現象学的還元とは、一切の認識を主観における「確信」の成立(構成)とみなすこと。一種の視線の変更である。
自然的態度とは赤いものあるー客観原因からりんごー主観結果があるとするが、現象学的には赤いものが見えるー主観原因から
りんごー客観結果があると確信する。論理的にはどっちでもいいが、世界観を記載するには、後者の方法が不可欠。
確信には個的、共同的、普遍的の3種がある。普遍的確信認識には1.厳密な確信領域 2.そうでない領域の2種がある
人文領域における普遍認識の可能性は1.の追求では得られない。

第三章 欲望論哲学の開始

 1。欲望相関性
  世界は欲望の相関者としてのみ分節される。欲望相関性の概念は「内的体験」「エロス的力動」「世界分節」の3契機によって構成される。

(1)内的体験
  すべての生き物は、生の内的体験すなわち「内的実存」の世界を生きる。「価値」とは、内的実存の世界におけるエロス的触発ー生起、発動を源泉とする。
(2)エロス的力動(情動性)
    「内的体験」の世界に生じる心的力動をエロス的力動とよぶ。「価値」(またその相関者としての「意味」)の概念は、
    ただ「エロス的力動」の概念からのみ導かれ、展開される。
(3)世界分節
  世界は根源的に「欲望」という価値的に分節、生成される。注:始原の分節は、『快・不快』の審級である。
  存在論的に認識論的にも「内的実存」の世界こそが、客観世界に先行する。ニーチェ、フッサール、ウィトゲンシュタインの3人のみが、この本質理解を示した。
 
 2.方法としての本質洞察
    自然科学の「自然の数学化」という方法は、自然世界の認識が「不可疑」という原則とともに有効だが、人文領域の普遍認識としては無効である。コント実証主義の
    看過した点である。人文領域の方法的基礎は現象学的「純粋意識」と「本質観取」を基礎としつつ(フッサール)、欲望論的な「現前意識」「本質洞察」へ
    転移されねばならない。「情動」を世界構成の根本契機とすることによって、はじめて「価値」の本質論が可能となる。

 3.意味と価値の本質学
  まず、意味とは何か。意味の生成は、対象の「一般的意味」を構成するだけでなく、対象の価値をめぐる関係的な意味の連関を生み出す。そして、これらの
  意味の系列は、私の欲望とその強度を、この世界分節の絶対的な「中心」(遠近法)としてもつ。生物のもつ根本能力である遠隔知覚は時間的ー空間的に構成する
  過程で「快・不快」は「予期・不安」へ時間化される。意味とは、生き物自身の世界了解の世界分節性であった。
  つぎに価値とは何か。実存世界の本質関係としては、欲望が発端となり、価値の生成が意味の生成に先行する。人間は言語ゲームで、内的体験を
  相互交換し、間主観的な信憑として客観的に存在する「同一の世界」なるものがお互いのうちに成立する。この過程が普遍的にくりかえされ、1個のリンゴは
  果物一般という客体化された価値と意味として存在するようになる。

第四章 世界認識の一般構成
 1.世界の一般構成
  個的直観と意味直観(フッサール)にくわえ情動所与をあわせて世界理解が成立する。世界確信は日常理解、公共理解、文化理念理解よりなる。
 (1)日常世界では、欲望をともなう直接理解が本質である。(2)公共世界では、伝聞が中心となり世界確信が構成される。
 (3)文化理念世界(宗教・芸術・形而上学)は主として言語によって構成されている。宗教・政治思想・価値観・審美観・さらに言語化されないものと
  しての「超越的世界」がここにある。人間は(1)~(3)の重層に人生を生きているが、(3)は確信根拠の検証可能性を本来もたない。
 2.時間意識の本質学
    ハイデガーによれば、人間存在は、被投性ー現在ー企投という実存の構造であり、このため、現前、過去、未来という時間形式が必然化される。
    フッサールによれば、人間の現在知覚は本質的に直後記憶の契機が織り込まれており、未来把持を予感するようになっている。
 3.「生き生きとした今」の構成
   時間的な体験は、「持続的顕在」があり、「情動継起」が促され、「情動累積」で生き生き(エロス的)なものとなる。これは間主観的にも妥当する。
   ただ、これがいつも反復的に現れなくなると、公共概念や文化理念の構成が不安定となる!

第五章 幻想的身体論
  1.身体問題のアポリア
   「身体」は、物質と心の秩序の境界線上にある。だが、心と物は、存在審級を異にし、相互に還元不可能である。ベルクソンは生き物の身体を
   「記憶をもった物質」と規定した。しかし、ここから価値論には発展しない。
  2.現象学的身体論
      私の同一性は、ただ現前意識における私の経験についての自己確証の反復可能性という条件に依存する。そして、こうした経験の蓄積から、
      われわれは一瞥のうちに対象の豊かな意味ー価値性を直観的に把握する。
    3.「身体」の本質洞察
      人間の身体は、単なる感覚器官なのではなく世界感受の総合的能力、すなわち世界を意味、価値、エロス的総体として感受する一つの
      「能う(Ich Kann)」にほかならない。
      「身体」の本質契機に属するのは、(1)エロス的感受(2)「存在可能」(3)「能う」の3つである
      (1)エロス的感受
      存在の非知的告知は、実存的生の始発性である。それは「快ー不快」そして遠隔知覚による「予期ー不安」を基底にもち、その背後はない。
      (2)「存在可能」
      人間は間主観の関係世界をいきるゆえに、人間の欲望は、さまざまな選択ー判断の契機をもつ。これが「自由」の起源となる。
      (3)「能う」
       「能う」は修練可能性をもつ。そのために、感受能力を向上させる、言語連絡機能を向上させる必要がある。

第六章 無意識と深層文法
  1.深層心理学の展開
    身体とならんで無意識も、現前意識において構成される一つの世界確信としての現実性にほかならない。
  2.「深層文法」
    人間の主体は、じつは不可視の内的領域に規定され、構造化され、従属しているが、この無意識の領域は独自の理論で可視化できるとする。
    ただ、これは検証可能性のない仮説であり、宗教の物語構造と類似である。われわれが生き物に見出す空白、ブラックボックス、つまり心は
    選択的機能としての脳の機能にほかならない。つまりベルクソンのいう人間の『自由』である。
  3.無意識の本質洞察
       無意識はカントの物自体に似て可想界にある。では、どのような現象と経験を我々は「無意識」とよび、それはどのような記述で
       間主観的な妥当性をもつのかと問う。まず無意識とは、こういえる。本質的に、自分の存在についての自己理解と他者の理解とのズレの
       自覚として現れ(自己のきづきも含む)、それを克服しようとする自己配慮を含む。そうした事象ー経験一般を我々は「無意識」とよぶ。
       こういう観点からの心理療法は、それ以外の方法がないというだけの理由で妥当性をもつ。
    
    近代哲学は、「社会」を諸ルールによって構成された構造として把握する方法を創出し、そのことで歴史上はじめて、社会を人間にとって対処ー
    操作可能な対象として表現した。フロイトは、これと同じことを「心」についてはたした。

第七章 価値審級の発生
  1.価値論的転回
    価値の問いは、ニーチェに至るまで、何らかの超越的存在による根拠づけという発生から抜け出せなかった。道徳の基礎に人間性を置いたカントですら。
  2.価値審級の発生論
    それは快不快と予期不安、能うのエロス、関係エロス、初期禁止による良い悪い、きれい汚いの審級、ルール遵守で承認価値をえる自己価値と発展する。
   (1)身体的快不快と予期不安
       乳児のエロスが口唇に現局しているのは明白で、母が一方的言語ゲームを開始するのも明白。
     (2)「身体的ー能う」のエロス
      口唇段階から、身体を動かすエロスに発展する。そして、視覚・聴覚への関心も発生する。
     (3)「関係感情」のエロス
      「笑い」が芽生える。それは、母との双方向的要求ー応答関係となる。この段階で、子に自我・他我の弁別はまだないが、
       人間の心的世界を根本的に性格づける対他的「感情世界」の形成の基礎となる。
    3.初期禁止
     (4)初期禁止と『良い・悪い』
         初期禁止の開始により、前述の段階から第四の段階、母からの諸規範の要求に子が応答する「規範ールール」の受容の段階にうつる。
         ここで、母は初めての他我となる。そして「自我」は、自己が他者にとっていかなる存在としてあるべきかについての自己配慮として形成される。
         ここが、関係的存在としての人間となる、決定的転回点である。

第八章 「善と悪」
1.「よい・わるい」の生成
  人間は第一に母子の関係感情の世界、第二に言語ゲームの世界、そして第三に「自我」への価値的ルールの内面化。これらの諸契機が
  善悪、美醜の価値審級をつくり、最終的に「真善美」の価値秩序をうちたてる。
    (5)ルール規範の遵守をめぐる承認価値(第七章からつづく、その5である)
        「よいーわるい」は初期禁止を転回点として、禁止をめぐる子の順守と抵抗の態度を呼び分けるものとなる。ここで
         それは、はじめて人間の関係世界における「価値」審級の言葉となる。さらに「良い子ー悪い子」という言葉が子の自我主体を自立させる。
         子は、この地平で、自己固有の「内的ルール」として「よい・わるい」を打ち立て、倫理的存在としての関係的自己となる。
          つまり良心をもったり、失ったりする存在となる。うそといいわけがそれである。
2.良心の疚しさ
  いたづらは、子が、自分たちの新しい「よいーわるい」のルールを形成し、自らその秩序を調整していゆく能力を身につけてゆくための、
  始めの通過儀礼である。しかし、「疚しさ」を解消するには、よい子規範が、母からの愛情や承認で受容されるとき、よい子たろうとする
  自発的内面化が必要である。
3.抗弁 正当化 悪
  それがルール違反であることを明瞭に自覚しつつ、それを「罪」と認めず、言語的な正当化、抗弁によって無化しようとする試みにおいて、
  はじめて、自立的な自己中心性としての「悪」が現れる。
4.ロマン的世界と自己理想
  象徴的にいえば、人間は「美徳」の道と、「幸福(悪徳)」の道の大きな岐路に、人生で二度であう。一回目は幼児期だが、二回目は思春期で
  人間の主権的な自己配慮と自己決定という意味で、後者は前者よりはるかに重要である。それは、自己ロマンと自己理想をそだてる。

第九章 「きれいーきたない」審級
1.ヨーロッパの美学
  美は主観的なのに、なぜ普遍性をもつのか?プラトンは、美というイデアがあるのだと謎めいた結論を残した。カントは、この二律背反に
  想像力と能力を感性と悟性の間におくと快さが発生する、つぎに悟性と理性の間に判断力という能力をおくと合目的性が発生する、それが美だとのべた。
  しかし、合目的性に神学的なものを感じたシラーとヘーゲルは批判した。美は人間精神の自由の本質の表現性であると。本書後半で詳述される。
2.美的対象の一般本質
  ハイデガーによれば、気遣いと用在で、人間は客観性と実存性の二重性を生きていることを明確にした。では美しい花は?
  「もっと見ていたい」という情動的衝迫(一種の享受蕩尽)をもたらす、そういうものを「美しい」花とよぶ。
   それを可能にしているのはカント的でない世界感受(能う)をもつ幻想的身体である。
3.美的審級の発生
  母の「きれいーきたない」は、おそらくはじめは、美的な秩序とは違ったものを指し示す。まずは、「不潔-清潔」の意味で使われる。
  母は子との言語ゲームで、さらに清潔とは異なった意味の『きれい』が了解されていく。
 (1)形象指示了解
  母が「きれい」とよばれるものの外見上の、つまり形象上の共通性を了解させる。ただ、その形象は、むしろ形態の多様性が際立っている。
 (2)情動指示了解
  母は子に「きれいね」と呼びかけるとき、対象の許可と推奨のみならず、共感への招聘を促している。
 (3)対象的特性の了解
  美的対象は、子に好奇心をかきたてる。そして、形象をこえたよきものの予感を生じる。美的対象は、つねにまだ開かれていない愉楽的な
  「世界性」の感覚を「背後性」としてもつ。

第十章 美醜
1.容貌の美
  エロース(善きものと美にひきつけられる人間欲望)の本質は以下のとおり。「美的欲望の対象は、人間の感受性の能力の展開に応じて転移する」
  では、なぜわれわれは感覚的な知覚から来るエロスと人間の心性から受け取るエロスを、同じ美という名で呼ぶのか?以下で詳述。
2.顔の形而上学
  私から絶対的に自立しつつ、それ自身の主権性を維持する「他者の他者性」を、「顔」はたえず公現する。では美しい顔は何を公現している?
  それは起源としては、母の顔の表情それ自体でなく、それが生み出す関係感情の肯定的エロス性である。
3.行為の美、精神の美
  義務的な正しい行為・精神とことなり、純粋、無垢、高邁、気高さを美しい行為・精神は持っている。美は、道徳や崇高の概念とまったく
  同居不能というわけではないが、本質的に生の「義務」や「当為」から逃れて、世界のエロス的享受ということにその核心をもつ。
4.体現美
  「恋愛」で見出される他者の美しさは、自分が生きているのはこの美しいものを知り、それに触れるためであったと気づくといった仕方で現れる。
  恋人の美に人が直観する「美のイデア」とは、こうした一回性の実存的生における超越的欲望の可能性のビジョンである。だが、それはつねに 
  欺瞞を内蔵しうるために、人は深い審美眼を持つ必要がある。人は、それによって、精神の美に到達できる。

第十一章 芸術美
1.ヨーロッパ芸術哲学
  芸術の本質はむしろそれが「現れる仕方」(表現性)にある。それは前景と後景という累層構造をもつ。
2.芸術体験の本質学
  芸術体験は、作品、鑑賞者、作品的感銘、表現力的偉力の諸契機よりなる。感銘は創造への意欲、偉力は喧伝の情熱をかきたてる。
  創造はおおくの場合に挫折するため、作者の才能を天与としがち(後述) 「批評の言語ゲーム」が、ちょうど超越的なものへの集合的信が神を
  生み出すように、間主観的信憑として芸術なるものを創出する。
3.現代芸術論の対立構造 デリダとハイデガー
  現実言語の本質洞察により、発語(テクスト)とその了解の間には、そもそも「正しい受取」(一致)がありえない、そこには了解の不可能性(断絶)が
  あるのではなく、むしろただ「信憑関係」だけが存在する。我々は作者の作品的偉力についての不可疑の信憑が成立させる。

第十二章 芸術の本質学
 1.芸術と結晶作用 ニーチェ
  ニーチェによれば、芸術は、その根拠を、生それ自身に対する人間の是認と肯定、憧憬の力、生それ自身を理想化し、ことほぎ、賛美する力、生のエロスの享受への
  「我ほっす」にもつ。恋愛と同じように、欺瞞されることがあったとしても、生にどれほどの困難があっても生そのものへの憧れと意欲を保持し
  生き延びさせる力を支える。これが芸術の本質である。シニシズム・ペシミズム・ルサンチマンの芸術も癒し効果があれば許される。
 2.生の蕩尽 バタイユ
  バタイユによれば人間の性と芸術とは、もともと、人間世界の「禁止と労働」の秩序をその起源とする。これらを幻想的に乗り越えようとした
  試みが宗教、エロティズム、芸術という形式をとる。つまり芸術や文学は宗教の後継ぎである。エロティズムと芸術は瞬間的蕩尽の形をとる。
3.精神の内的自由 ヘーゲル
 (1)人間の欲望は自己欲望であるとともに、他者への欲望という独自の二重性をもつ。
 (2)自己価値欲望は承認をめぐる主奴の戦い、または相互承認というかたちをとる。
 (3)近代社会では後者が発展し自己実現の欲望となる
  (4)人間の欲望はつねに判断選択の欲望であり、一種の自由の欲望となる。
  教養と精神が、より普遍的なものへむかう自由の無限の運動となる。

終章(第十三) 芸術の普遍性
1.芸術の普遍性
  ニーチェはいう 「真理(道徳・善)はみにくい。私たちが芸術をもっているのは、私たちが真理で台無しにならないためである。」
  芸術のうちに道徳の理念が投げ込まれるとき芸術の本質は毀損される。
2.公共のテーブル
  芸術ー批評のテーブルはいわば公共のテーブルである。ここにおいて芸術の普遍性が現れる。そこは哲学のテーブルとちがい判断ではなく感受が判定基準。
  歴史的時間推移のなかで、普遍的範例として「古典作品」が生み出されるだけである。多様な価値観と感受性の差異から、そこに通底するよきものの間主観
  的信憑の形成として芸術的編成は創出される。
3.文化のゲーム
  アレントによれば、人間の社会的営為は労働・制作・活動からなるが、これを竹田は経済・政治・文化に変奏した。文化の営みは、生命維持のための経済、
  暴力の縮減のための政治とちがい、人間の生のエロスの表現をその本質とする。これら三者は、暴力が排除された公共のテーブルで、よきもの、
  ほんとうのものをめがけ表現し、それを育てようとする人々の集合的意思によってのみ人間社会の普遍性は出現する。
 
注:ヘーゲルが重要だとのこと

ーーーーーーー 懸案 その1 歴史 ーーーーーーーーーーーーーー

岩波新書歴史シリーズ

古代 1 農耕社会の成立       近現代史 1 幕末・維新
   2 ヤマト王権              2 民権と憲法
   3 飛鳥の都               3 日清・日露戦争
   4 平城京の時代             4 大正デモクラシー
   5 平安京遷都              5 満州事変から日中戦争へ
   6 摂関政治               6 アジア・太平洋戦争
                        7 占領と改革
中世 1 中世社会のはじまり          8 高度成長
   2 鎌倉幕府と朝廷            9 ポスト戦後社会
   3 室町幕府と地方の社会        10 日本の近現代をどう見るか
   4 分裂と天下統一

近世 1 戦国乱世から太平の世に                      4月30日以降に近世5と近現代1を予約
   2 村                合衆国1 建国前後 済
   3 天下泰平の時代          合衆国2 南北戦争 済
   4 都市               合衆国3 冷戦以前 済
   5 幕末から維新へ          合衆国4 冷戦以後 未刊

このほか、中国近現代史全6巻と中国の歴史全5巻(中華の成立)、アメリカ史全4巻も
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1-01「オン・ザ・ロード」ジャック・ケルアック 青山南訳@

1-02「楽園への道」マリオ・バルガス=リョサ 田村さと子訳 リョサは別冊代替@

1-03「存在の耐えられない軽さ」ミラン・クンデラ 西永良成訳 @

1-04「太平洋の防波堤(未読だが映画ラマンで代替)/愛人 ラマン/悲しみよ こんにちは」マルグリット・デュラス 田中倫郎・清水徹訳/フランソワーズ・サガン 朝吹登水子訳@ 

1-05「巨匠とマルガリータ」ミハイル・ブルガーコフ 水野忠夫訳@

1-06「暗夜?/戦争の悲しみ」残雪 近藤直子訳/バオ・ニン 井川一久訳@ ?未読

1-07「ハワーズ・エンド」E・M・フォースター 吉田健一訳 
『眺めのいい部屋』で代替@

1-08「アフリカの日々/やし酒飲み」イサク・ディネセン 横山貞子訳/エイモス・チュツオーラ 土屋哲訳 前者は映画でみた@

1-09「アブサロム、アブサロム! 」ウィリアム・フォークナー 篠田一士訳@

1-10「アデン、アラビア/名誉の戦場」ポール・ニザン 小野正嗣訳/ジャン・ルオー 北代美和子訳 反植民地主義の旅行記?未読、第一次大戦哀悼の旅行記?未読

1-11「鉄の時代」J・M・クッツェー くぼたのぞみ訳 『恥辱』で代替@

1-12「アルトゥーロの島/モンテ・フェルモの丘の家 」エルサ・モランテ 中山エツコ訳/ナタリア・ギンズブルグ 須賀敦子訳 
ツルゲーネフの初恋的?未読  ・ 満ち足りて幸せだったあの日を懐かしみながら、やり取りされる手紙。?未読

2-01「灯台へ/サルガッソーの広い海」ヴァージニア・ウルフ 鴻巣友季子訳/ジーン・リース 小沢瑞穂訳 『ダロウェイ』で代替、ジェイン・エアの狂女の前半生?未読

2-02「失踪者
/カッサンドラ」フランツ・カフカ 池内紀訳/クリスタ・ヴォルフ 中込啓子訳 @ なお前者はカフカ別冊で代替! 

2-03「マイトレイ/軽蔑」ミルチャ・エリアーデ 住谷春也訳/アルべルト・モラヴィア 大久保昭男訳 東洋と西洋の悲恋?未読 ・ 
ある夫婦に訪れた不和の残酷さ?未読

2-04「アメリカの鳥 」メアリー・マッカーシー 中野恵津子訳
徴兵猶予のための留学で内なる反米主義や自分自身の哲学と向き合い成長していく姿?

2-05「クーデタ」ジョン・アップダイク 池澤夏樹訳 映画『
イーストウィック魔女』で代替@

2-06「庭、灰?/見えない都市」ダニロ・キシュ 山崎佳代子訳/イタロ・カルヴィーノ 米川良夫訳  
少年時代の記憶、家族の歴史、ホロコーストの影、アイデンティティの探求を描いた作品?未読 後者は読了@

2-07「精霊たちの家」 イサベル・アジェンデ 木村榮一訳@

2-08「パタゴニア?/老いぼれグリンゴ」ブルース・チャトウィン 芹沢真理子訳/カルロス・フエンテス 安藤哲行訳@ 前者は壮大な旅行記?未読

2-09「フライデーあるいは太平洋の冥界/黄金探索者」ミシェル・トゥルニエ 榊原晃三訳/J・M・G・ル・クレジオ 中地義和訳 
逆ロビンソン?未読 祖父の話?未読

2-10「賜物」ウラジーミル・ナボコフ 沼野充義訳 『ロリータ』で代替@

2-11「ヴァインランド」トマス・ピンチョン 佐藤良明訳 『競売NO。。。』で代替@

2-12「ブリキの太鼓 」ギュンター・グラス 池内紀訳@

3-01「わたしは英国王に給仕した」ボフミル・フラバル 阿部賢一訳@ 

3-02「黒檀」リシャルト・カプシチンスキ 工藤幸雄/阿部優子/武井摩利訳
アフリカの探訪記、未読?

3-03「ロード・ジム」ジョゼフ・コンラッド 柴田元幸訳 『闇の奥』で代替@

3-04「苦海浄土」石牟礼道子@

3-05「短篇コレクション Ⅰ」コルタサル他 ?未読

3-06「短篇コレクション Ⅱ」A・グリーン/G・トマージ・ディ・ランペドゥーサ他 ?未読

2024年9月24日火曜日

世界文学年表 pulp lirerature 及び 歴史

 高地性集落の分布は、弥生中期に中部瀬戸内と大阪湾岸に[3]、弥生後期に近畿とその周辺部にほぼ限定されている。倭国大乱は弥生末期の2世紀後半(桓霊の間)。

ちなみに卑弥呼(読みは、ひみこ/ひめこ等諸説有り、旧字体:卑彌呼、建寧3年/170年頃 - 正始9年/248年)は、『魏志倭人伝』等の古代中国の史書に記されている「倭国の女王」と称された人物[1][2]。日本の古代の歴史書である『古事記』『日本書紀』(記紀)に卑弥呼の記述はなく、考古学上も実在した物証が提示されていないが[3][4]、西晋の官僚である陳寿が書いた『魏志倭人伝』に記述が見られる。著者の陳寿は日本に来た記録はないため伝聞により当時の日本に関して記述したと考えられ、それによれば、倭人の国は多くの男王が統治していた小国があり、2世紀後半に小国同士が抗争したために倭人の国は大いに乱れたため(倭国大乱)、卑弥呼を擁立した連合国家的組織をつくり安定したとある。卑弥呼は鬼道に仕え、よく大衆を惑わし、その姿を見せず、また歳長大で夫がおらず、政治は男弟の補佐によって行なわれたとも記されている[5][注釈 1]。諱も不明で、239年に三国時代の魏から与えられた封号は親魏倭王。247年に邪馬台国が南に位置する狗奴国と交戦した際には、魏が詔書と黄幢を贈り励ましている。卑弥呼のあとはトヨとなったとされる(3世紀おわり)


神功皇后は193年に立后 『古事記』分注の没年干支では仲哀天皇の崩御は西暦362年に比定される。69年間も摂政をしていたとされる。。。。



①『桓霊の間』とは、「桓帝の時代から霊帝の時代の間」という意味。 すなわち、146年の桓帝の即位から189年の霊帝の死去までの間のどこか。 ただし、桓帝がその手で政治を行ったのは159年の梁冀の処刑以降なので、159年以降ともとれる。 ②漢は196年に曹操によって許昌(許都)に首都を移した。 しかし曹操の子である曹丕は220年に献帝に迫って皇帝位を禅譲させ魏の皇帝となると、すぐに都を洛陽に戻した。これ以降、魏の都は洛陽であったので景初二年、すなわち238年当時の魏の都は洛陽である。ただし使節が到着したのは239年という説もあり、拝謁した皇帝は三代曹叡(239年没)なのか曹芳なのかは論争がある。

高地性集落は、古墳時代(3世紀中ごろから6世紀末まで、592年に飛鳥がはじまる)前期には、西日本の広島・鳥取に、北陸の富山・石川・新潟に分布する 

3世紀は尾張の協力で大和建国(卑弥呼は247年に死亡、トヨの記事266年以降150年は大陸との交流なし(前方後円墳の出現) 369年に百済より石上神宮の七支刀 古墳は3世紀中頃より出現! ちなみにマキムク遺跡は2世紀末から4世紀前半にかけての遺跡

実在したとすれば崇神(ニギハヤヒ?)は4世紀前半で以後応神以前まで纒向に宮あり、

関裕二が同時期という神武と欠史八代は橿原に宮の記載あり、また神功皇后(トヨ?)も

ほぼ同時期という4世紀はじめに大和が北九州と融和?(吉備と出雲の協力) 

つまり神武、崇神、応神は同時代? 神武は南九州、応神は北九州と縁が深い!

少なくとも近畿で3世紀末に九州の埋葬文化であった銅鏡が古墳におさめられるようになった

景行天皇は4世紀中期の人?、神功皇后が仲哀天皇をみとったのは362年(古事記)、

5世紀に瀬戸内航路の安全開拓(雄略天皇) 

応神〜雄略が5世紀(倭の五王) 河内王朝として河内湖の干拓と巨大古墳

6世紀に前飛鳥時代が始まる(継体と磐井) 

7世紀は飛鳥時代! 8世紀が奈良時代!

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ホモサピエンスの出アフリカは125000年前ころ(紀元前125世紀あたり)

紀元前100世紀の遺跡 ギョベクリ・テペ(定住) 犬はこのころ家畜したかも。。。

紀元前90世紀前後:ヤンガードリアス(最終氷期後の「寒の戻り」)が終了
紀元前80世紀前後:ヒツジ・ヤギ・ブタの飼育、そののちにウシ。。。
紀元前70世紀前後:定住のはじまり
紀元前60世紀前後:農耕や牧畜のはじまり
紀元前50世紀前後:完新世最温暖期(縄文海進)
紀元前40世紀前後:ヨーロッパの巨石遺跡、ウマの家畜化
紀元前30世紀前後:三内丸山、縄文海進のおわり
紀元前27世紀 最古のエジプトのピラミッド(メソポタミアは紀元前30世紀)

メガラヤン期(現代の地質時代)の始まり:エジプト、ギリシア、メソポタミアなど多くの古代文明を崩壊させた、「200年間にわたる大旱魃(だいかんばつ)」が始まった時期(約4,200年前)と定義されています 紀元前2800年前後 

紀元前1500? 『リグ・ヴェーダ』インド哲学? 

  インド・アーリア人は、紀元前1500年前後に現在のアフガニスタン・バクトリアから

  北西インド(現在のパキスタン)に移住したと考えられている  

トロイア戦争(トロイ戦争)は、一般的に紀元前1200年頃(エーゲ海沿岸の青銅器時代末期 / ミケーネ文明期)に起きたとされる伝説および歴史的出来事

紀元前1200? 『ギルガメシュ叙事詩』新書で梗概@ 

  1. 線文字A - 紀元前1450年以前にミノア文明クレタ島で使用されていたと推定される文字。未解読。
  2. 線文字B - 紀元前1450年から紀元前1375年頃まで、ミケーネ文明ペロポネソス半島で使用されていた文字。マイケル・ヴェントリスとジョン・チャドウィックによってギリシャ語と解読されている。

 トロイ第7層がトロイア戦争のあったと伝えられる時期(紀元前13世紀中期)であると

 考えられている。

 紀元前12世紀のカタストロフ 

  1. ヒッタイトの崩壊
  2. エジプトにおける海の民の襲撃
  3. ギリシャのミケーネ文明の崩壊

暗黒時代(あんこくじだい、古希: Γεωμετρική εποχή)とは、古代ギリシアにおける紀元前1200年から紀元前700年頃までの間における文字資料に乏しい時代のこと。ミケーネ文化、前古典期(アーカイック期)の間にあたる[# 1]。また、この時代のうち前1059年から前700年頃は土器に幾何学文様の描かれたことから幾何学文様期と呼ばれることがある。暗黒時代と呼ぶことが不適切として初期鉄器時代と呼ばれることが普及しつつある。

紀元前800? ホメロス『イリアス』@ 口承文芸

紀元前750? ホメロス『オデュッセイア』@ 口承文芸

紀元前600? アイソーポス『イソップ寓話集』(~500)英語サマリで@

紀元前400? ヘロドトス『歴史』 塩野の『ギリシャ人の物語』で@ 

トゥキュディデス『歴史』 同上@ 

定義:文明とは民族が違っても参加できるが文化とは狭隘で民族が違うと参加しにくい

『マハーバーラタ』インド神話? 『ラーマーヤナ』インド神話? 

『春秋』古代史? 『詩経』民衆詩? 

  四書は『論語』『大学』『中庸』『孟子』、

  五経は『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』をいい、

  五経を以て四書よりも高しとする。「楽経」を含めて四書六経ともいう。 

紀元前431? エウリピデス『メディア』@

紀元前429-5? ソポクレス『オイディプス王』@

紀元前411 アリストパネス『女の平和』長引くペロポネソス戦争に疲弊したアテナイとスパルタの女性たちが、平和を取り戻すため、男たちへの「セックス・ストライキ(性交拒否)」を決行し、アクロポリスに立てこもる物語セックスストライキ? 

プラトン『ソクラテスの弁明』@

紀元前385-4? プラトン『饗宴』@ 

   紀元前323年アレクサンダー大王死去 

紀元前320? アリストテレス『詩学』ソフォクレス悲劇の評論?

ギリシャ(マケドニアおよびポリス諸都市)がローマの属国・属州化されたのは、主に紀元前2世紀半ば(前146年頃)です。

紀元前110? 司馬遷『史記』(~90)別冊で@ 

紀元前48 カエサル『ガリア戦記』 塩野の『ローマ人の物語』で@

 紀元前30 ヴェルギリウス『アエネイス』(~19)@ 

紀元前25 ホラティウス『風刺詩』詩集? 

作者不詳の『ギリシャ神話集』オウィディウス『変身物語』で@ 

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104 ロンゴス『ダフニスとクロエー』レスボス島を舞台に、山羊飼いの少年ダフニスと羊飼いの少女クロエーの純粋な初恋と成長を描く古代ギリシャの牧歌物語 三島の潮騒のモデル? 

297 陳寿『三国志』 三国志演義の種本? 

400 アウグスティヌス『告白』落ち目の帝国でのキリスト教の 信仰告白? 

  476年、西ローマ滅亡

531 昭明太子『文選』詩集? 

712 太安万呂『古事記』@ 

715 『ベーオウルフ』@ 

759? 大伴家持『万葉集』@ 

894? 『竹取物語』@

905? 紀貫之ほか『古今和歌集』@

935 紀貫之『土佐日記』@

1001?清少納言『枕草子』@

1008? 紫式部『源氏物語』@

1065? 『ローランの歌』騎士道もの、シャルルマーヌのスペイン遠征 県にはあった? 

   『今昔物語集』@ 

1086 司馬光『資治通鑑』残酷描写?

   千夜一夜物語』中近東説話 阿刀田抄録あり? 

1130? オマル・ハイヤーム『ルバイヤート』@

1190? 『ニーベルンゲンの歌』(~1204)@

1200? 『トリスタンとイズー』@ 

1205 藤原定家ほか『新古今和歌集』@ 

1212 鴨長明『方丈記』@ 

1213? 源実朝『金槐和歌集』万葉ぶり@ 

1221? 『宇治拾遺物語』笑話集@ 

1225 ロリス『薔薇物語』(~40)語り手が五月のある朝に「悦楽の園」を夢で訪れ、一輪の薔薇の蕾に心を奪われ、愛の神の矢を受けて彼女に恋をする物語で、この薔薇を巡って「理性」「純潔」「嫉妬」などの擬人化された人物(アレゴリー)たちが登場し、様々な試練や困難を乗り越えながら、最終的に薔薇を手に入れる(または手に入れようとする)までを描いた、中世フランスの寓意詩? 

1235? 『小倉百人一首』定家選出@

1240? 『平家物語』@ 

   1241年モンゴル帝国の突然のヨーロッパ侵攻停止 

1266 トマス・アクィナス『神学大全』(~67)神学? 

   イタリア・ルネサン始まる 

1313? ダンテ『神曲 地獄篇』@ ダンテ『神曲 煉獄篇』ダンテ『神曲天国篇』梗概のみ@

1330? 吉田兼好『徒然草』@ 

  以下の2本は『千夜一夜』の影響あり

1349 ボッカチオ『デカメロン』阿刀田の梗概で@

1393 チョーサー『カンタベリ物語』(~1400)西脇の抄訳で@ 

―――― 15世紀イタリアルネッサンス最盛期 15世紀後半から17世紀前半はスペイン・ポルトガルによる大航海時代ーーー 

1400? 施耐庵『水滸伝』ビギナーズクラシック梗概のみ@

世阿弥『風姿花伝』謡曲芸能論?

羅貫中『三国志演義』ビギナーズクラシック梗概のみ@

     1453年、東ローマ滅亡

1462年? フランソワ=ヴィヨン『遺言の歌』無頼の詩人ヴィヨンが自らの人生を振り返り、愛する人々への別れを告げ、過去の罪を懺悔しつつもユーモアとペーソスを交え、自らの財産や身体の一部さえも形見分けとして詩の登場人物たちに託す、長大で複雑な作品です去年の雪、いまいずこ 詩集? 

――――16世紀―――― ヨーロッパではルネサンスと宗教改革の嵐により中世的な世界観に近づいて、近世的な新しい世界観が、大航海時代も冒険から征服の時代へ 

1509 エラスム『痴愚神礼賛』@ 

1516 トマス・モア『ユートピア』@ 

   1515 年に贖宥状が発売されるルターの改革が起こる 

1532? ラブレー『ガルガンチュアとパンタグリュエル』(~64)@ 

1532 マキャヴェッリ『君主論』@ 

1570 『唐詩選』吉川幸次郎の岩波新書別冊で@ 

1580 モンテーニュ『随想録』(~88) エッセイ? 

『西遊記』別冊で@ 『金瓶梅』別冊で@ 

   1580年アルマダの海戦

 ――――17世紀―――― この時代のヨーロッパでは小氷期による世界レベルでの寒冷化おの影響を受ける、イギリスでは清教徒革命と名誉革命が起きて議会政治が、フランスではルイ13世によって絶対王政が確立される この紛争を免れたオランダは自由貿易により栄えた。 17世紀は征服の時代 

1600 シェイクスピア『ハムレット』(~1)@ 

1605 セルバンテス『ドン・キホーテ』 』(~15)@ 

1614 アベリャネーダ『贋作ドン・キホーテ』セルバンテス版と比較して、この贋作ではドン・キホーテはより一貫して「狂気の人物」として描かれており、サンチョ・パンサの愚鈍さも強調され、哄笑を誘う対象となっています。ピカレスク的続編 電子あり? 

   1620年ピルグリムファーザーズ 

1640 サミュエル・リチャードソン『パミラ、あるいは淑徳の報い』(~41)貞節もの? 

  サドの悪徳の栄えは、これのパロディかも、 イギリス近代小説の元祖とする立場もある 

1664 モリエール『タルチュフ』敬虔な信者を装う偽善者タルチュフが裕福なオルゴン家に入り込み、主人オルゴンを完全に操って財産を奪い、娘マリアーヌとの結婚を企てる一方、オルゴンの若妻エルミールにも言い寄るが、最終的にその悪事が暴かれ破滅するという、宗教的偽善と人間の愚かさを風刺した喜劇偽善信徒批判? @

1666 モリエール『人間嫌い』

    • 主人公::アルセスト(純粋で正直だが、虚飾に満ちた社交界を嫌う青年貴族)
    • 内容::誠実さを重んじるアルセストは、社交界の悪風に憤りを感じながらも、皮肉にも人間嫌いの原因である世俗的な未亡人セリメーヌに恋をしてしまいます。彼女の不誠実さに苦しみながらも、社会への不信感を募らせていく様子を描く、涙と笑いの性格喜劇です@

1667 ミルトン『失楽園』旧約聖書の『創世記』をテーマにした初期近代英語の叙事詩。 ヤハウェに叛逆して一敗地にまみれた堕天使のルシファーの再起と、ルシファーの人間に対する嫉妬、そしてルシファーの謀略により楽園追放に続くも、その罪を現して甘受し楽園を残す人間の偉大さを描いている清教徒文学? 

ラシーヌ『フェードル』いわゆるフェードル・イッポリートもの@ 

cf 1668年 阿呆物語 ゲーテのウィルヘルム・マイスターの元だね

1678 ラ=ファイエット夫人『クレーヴの奥方』@ 

バニヤン『天路歴程』(~84)『都市の破壊」(「破滅の町」)に住んでいたクリスチャン(クリスチャン、基督者)という男が、「虚栄の市」や破壊者アポルオンとの死闘など様々な困難を通り抜けて、「天の都」に 『若草物語』で梗概@

1682 井原西鶴『好色一代男』漫画で@

1688 アフラ・ベイン『オルノーコ』 英国人船長に騙され、奴隷として南米の地に売り飛ばされたアフリカの王子オルノーコの反乱と悲劇? 

1692 井原西鶴『世間胸算用』@ 

1694 松尾芭蕉『奥の細道』@ 

ーーーー 18世紀には、農業生産の飛躍的向上により人口の増加をもたらした農業革命に続き、世界初の工業化である産業革命が起こったことにより、 アメリカの生産力が飛躍的に向上した。産業革命の原動力のひとつに大西洋の三角貿易(ブレイド貿易)に支えられた砂糖や綿花の計画、そしてどこかの労働力となった黒人奴隷の存在がある

重商主義によりヨーロッパ諸国で激しい貿易競争が起きた。 オランダの自由貿易は中止、イギリスとフランスが台頭植し両国は、激しい民地戦争を繰り広げた。パクスブリタニカへ

1703 近松門左衛門『曽根崎心中』@ 

1715 蒲松齢『聊斎志異』古典新訳ですませる@

1719 デフォー『ロビンソン・クルーソー』@ 

1726 スウィフト『ガリヴァー旅行記』@ 

1732 プレヴォー『マノン・レスコー』@ 

1749 フィールディング『捨て子トム・ジョウンズ』 ユーモア 10大小説の筆頭 電子?

1676年より清帝国

1750? @@曹雪芹『紅楼夢』筋がながい、ビギクラで代替?

1759 ヴォルテール『カンディード』@ 

1760 スターン『トリストラム・シャンディ』 ユーモア小説、漱石『猫』のモデル 電子あり?

1761 ディドロ『ラモーの甥』哲学者の「私」がパレ・ロワイヤルのカフェ・ド・ラ・レジャンスで、放浪の音楽家であり、有名作曲家の甥である「ラモー氏」に出会うところから始まります。ラモーの甥は、才能はあるものの不遇で、富裕層に寄食して太鼓持ち(道化)のような生活を送る、体制からはみ出したシニック(冷笑的)な人物です。 アンシャンレジーム批判? 

1766 ゴールドスミス『ウェイクフィールドの牧師』@

1768 上田秋成『雨月物語』@ 

  18世紀末から19世紀前はヨーロッパのロマン主義が台頭、リアリズムは徐々に盛り込み

1774 ゲーテ『若きウェルテルの悩み』@ 

1776 ギボン『ローマ帝国衰退史』(~88)塩野の『ローマ人の物語』で@ 

   1775年4月19日から1783年9月3日までの イギリス本国(グレートブリテン)と北アメリカ東部沿岸のイギリス領の13植民地との戦争。 1789年 フランス革命。 

1781年 シラー『群盗』弟フランツの陰謀で父の愛と恋人を奪われた青年カールが、絶望して盗賊団の首領となり、社会の不正義に挑戦する物語でロマン主義の戯曲 これだけ借りて読む? 

1782年 ラクロ『危険な関係』18世紀フランス貴族社会の腐敗と虚無感を描きながら、知性と欲望を武器にした男女の心理的な駆け引きが緻密に綴られています。ゲームとしての恋愛? 

1785年 サド『ソドムの二十百日』ルイ十四世治下の末期、「黒い森」の人里離れた城館で、悪名高き権力者プランジ公は弟の司教と友人二人を交え、彼らの絶対的権力に隷属した四 十二人の男女とともに百二十日間にわたる性の一大饗宴を催すサドマゾ? 

1794 ウィリアム・ゴドウィン『ケイレブ・ウィリアムズ』農民の息子ケイレブが有力者フォークランドの秘書となり、主人の隠された殺人(または秘密)を探り当てたことから、逆に社会の不正義と権力によって執拗に追われる身となるゴシックミステリ? 

1795 本居宣長『玉勝間』世に物まなびのすぢしなじな有て云々」の冒頭部分:随筆?

1796 ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』裕福な商人の息子ヴィルヘルムが演劇への情熱から家を出て、旅をしながら様々な経験と出会いを重ね、人生の目的と自己の成長(教養)を見出していく「教養小説」の代表作です。舞台活動での挫折や恋、劇団での生活、そして「美しき魂」ナターリエとの出会いを通じて、個人的な成長から社会的な役割へと視野を広げ、最終的に人生の真の道を見出す物語です。 阿呆物語の影響ありと?

1797ヘルダーリン『ヒューペリオン』ギリシアの青年ヒューペリオンが、祖国解放への情熱と、理想の女性ディオティーマへの愛、そして 古代ギリシアの美への憧憬に生きながら、現実の戦争と挫折、そして愛する人の死を経験し、絶望の末に故郷を離れてドイツへ渡るも、最終的には大自然の中へと帰っていく、(~99)詩集?

  @@サド『悪徳の栄え』サドマゾ 『ソドム。。。』はパスでもいいか?

1798 コールリッジ『老水夫の歌』結婚式に招かれた客を捕まえ、自身の壮絶な航海体験を語る老水夫の物語で、アホウドリ(アルバトロス)を殺した罪により仲間を失い、罰として南極の酷寒や不思議な体験を経て、故郷に戻るまでを描くゴシック詩 立読みした@

ブラウン『ウィーランド』宗教的狂信と心理的葛藤を描くアメリカ初期のゴシック小説で、一族の悲劇的な運命を、妹クララの視点から語られる手紙形式で描きます。狂信的な父の死後、兄セオドアが「主のない声」に導かれ、その示唆に従い妻と子供を殺害、最終的に妹をも犠牲にしようとするが、謎の声の主(カーウィン)に救われ、兄は自殺、クララは生き残るという、不可解な出来事とサスペンスに満ちた心理的な恐怖が特徴です。新大陸へ渡ったゴシックロマン? 

1799 ノヴァーリス『青い花』青年ハインリヒが夢で見た**「青い花」に恋い焦がれ、その面影を求めて旅をする物語で、詩人としての自己に目覚め、無限なるものへの憧憬を深める内面の成長を描く、ドイツ・ロマン主義の代表作ですウィルヘルム・マイスターへの批判? 


―――19世紀――グレート・ゲーム(英:ザ・グレート・ゲーム)とは、中央の覇権を巡るイギリスアジア帝国とロシア帝国の敵対関係・戦略的抗争を指す、中央アジアを巡る情報戦をチェスになぞらえて付けられた名前。会社の指定であったアーサー・コノリーが1840年にウェル・ローリンソン少佐にいてた手紙の中で一番命名されたと言われる。『ジャングル・ブック』で知られるイギリスの作家ラドヤード・キップリングの小説『少年キム(英語版)』(1901年)により広く使われるようになり、なかば歴史用語として定着した。 

国民国家の成立 1830年 フランス7月革命。 ヨーロッパでは革命により近代的な国家が西欧ではフランス革命の影響により自由主義とナショナリズムが実現した。 19世紀初頭のナポレオンの興亡や反動的なウィーン体制、「諸国民の春」や様々な市民革命の勃発その後、ナショナリズムの高揚によりドイツ、イタリアなどの新たな統一された強力な国家が登場した。 またナポレオン戦争による平和土地に乗じて1810年から1820年代にはスペイン・ポルトガルの支配者からラテンアメリカ諸国が各地で独立した。しかし欧米列強への従属がこの後も長く続いた(非公式帝国)。 帝国主義の興隆 インド大反乱。 アジア・アフリカ諸国には苦の渋い時代であった。生産力の増大により得られた、圧倒的な経済力と軍事力で世界の覇権を与えられた。 イギリスは時には武力も用いて世界各国に自由貿易を認めさせ、イギリスを中心とした国際経済体制にこの過程で、大陸国家である清やロシアと海洋国家のイギリスとその間に衝突が発生し、20世紀における世界大戦の遠因が形成された パクスブリタニカ

1802 十返舎一九『東海道中膝栗毛』童話で梗概@

1808 ゲーテ『ファウスト』(~32)@ 

クライスト『ペンテジレーア』トロイア戦争を舞台に、女だけの国アマゾネスの女王ペンテジレーアとギリシアの英雄アキレスの激しい愛と憎しみが交錯する悲劇で、彼女の掟(戦で負かした男としか結ばれない)とアキレスへの愛が葛藤し、最終的に破滅へと向かう物語です。アキレスの愛人アマゾネス 岩波文庫? 

1809 ゲーテ『親和力』 裕福な男爵エードゥアルトとその妻シャルロッテ、エードゥアルトの友人である大尉、そしてシャルロッテの姪オッティーリエの4人を中心に、化学の「親和力」のように互いに強く惹かれ合う男女の恋愛と、それがもたらす破滅的な悲劇を描いた物語です。社会的な秩序や家族の絆を越えて自然の力で結ばれる男女の愛と、それを理性で乗り越えようとする人間(特にシャルロッテ)の葛藤が描かれ、最終的には悲劇的な結末を迎え? 

1812 グリム兄弟『グリム童話集』(~57)@ 

1813 オースティン『高慢と偏見』@ 

@@1814 オースティン『マンスフィールド・パーク』

滝沢馬琴『南総里見八犬伝』@

 E・T・A・ホフマン『黄金の壺』@ 

816 オースティン『エマ』@ 

コンスタン『アドルフ』@ 

1817 バイロン『マンフレッド』罪悪感と忘却を求める孤独な青年マンフレッドが、アルプスを放浪し精霊を召喚するも、自己忘却も死も許されず、最期は悪魔に魂を奪われる物語です。かつて愛する人を死に追いやった罪に苦しみ、現実から逃れようとしますが、神々も精霊も救済を与えず、自らの破滅へと向かう、バイロン自身の姿を投影した作品です。 劇詩? 

1818 シェリー『フランケンシュタイン』@ 

フランクリン『フランクリン自伝』勤勉成功物語 岩波文庫 電子? 

1819 スコット『アイヴァンホー』ロマン主義@

 アーヴィング『スケッチブック』映画スリーピーホーローで@ 

1820 ホフマン『牡猫ムルの人生観』人間のように言葉を理解し読み書きもできる猫ムルが自らの人生を綴った回想録と、架空の音楽家クライスラーの伝記が、印刷ミスでごちゃ混ぜになってしまったという二重構造を持つ、風刺的で複雑な物語です。ムルが書いた部分には、彼の生い立ち、プードル犬ポントとの友情、美猫との恋などが語られ、そこにクライスラーの人生(ホフマン自身の姿も投影される)が挿入され、人間の愚かさや社会の滑稽さが描かれます。 ほぼ自伝? 

1823 プーシキン『エヴゲーニイ・オネーギン』@

ラム『エリア随筆集』エッセイ? 

1826 クーパー『モヒカン族の最後』北米大陸でイギリス軍とフランス軍が戦争をしていた頃、父親の救出に向かった美しい姉妹が護衛のインディアンに裏切られ、壮絶な戦いに巻き込まれる大冒険物語 映画あり? 

1827 ハイネ『歌の本』ハインリヒ・ハイネの『歌の本(Buch der Lieder)』は、1827年に出版された若き日の抒情詩集で、**「若い悩み」「抒情挿画」「帰郷」「ハルツの旅から」「北海」の5部から成り、失恋、愛の喜び、故郷への思い、自然の美しさ、そして人生の苦悩や皮肉を、「ローレライ」や「歌の翼に」**などの有名曲の歌詞にもなった詩で綴り、ドイツ・ロマン主義の傑作として世界中で愛されている内容です詩集? 

1830 スタンダール『赤と黒』@ 

1834 ミュッセ『ロレンザッチョ』メディチ家の暴君アレクサンドル。腹心となって主君の暗殺を企てる従弟のロレンゾ。 義妹チーボ侯爵夫人へのアレクサンドルの恋を利用して権力を握るチーボ枢機卿……。謎に満ちた暗殺事件を、二人の若者の間に交錯する権力とエロスを軸に描いたミュッセの代表? 

1835 バルザック『ゴリオ爺さん』@ 

アンデルセン『即興詩人』恋愛もの、鴎外の文語訳あり、舞姫同様の文語体、青空あり? 

ビューヒナー『ダントンの死』フランス革命末期の1794年3月から4月、ロベスピエールによる恐怖政治下で、急進派に追い詰められた穏健派のダントンが、革命裁判を経て断頭台へ送られるまでの顛末を描く。@

1836 バルザック『谷間の百合』貞淑な伯爵夫人とのプラトニックな純愛を描いた、比類なき「官能小説」? 

1839 ポー「アッシャー家の崩壊」@

レールモントフ『現代の英雄』@ 

(オネーギンとペチョーリンは、いずれもロシア文学の「余計者」の典型とされ、よく比較されるが、タチヤーナの恋文に対して分別ある善人として振る舞ったオネーギンに比べて、関心を抱いた女性を必ず不幸にしてしまうペチョーリンの方が、遙かに冷酷である)

1842 ゴーゴリ『死せる魂』@

ベルトラン『夜のガスパール』幻想的で退廃的な雰囲気を持つ散文詩集で、語り手が夜のディジョンを散歩中に悪魔的な存在「ガスパール」と出会い、彼から手稿を託されるという導入から始まります。その手稿には、「オンディーヌ(水の精)」「絞首台」「スカルボ(小鬼)」という3つの怪奇な物語が収められており、水精の愛の拒絶、処刑される男の絶望、そして小鬼の悪戯などが描かれ、後の文学やラヴェルにも影響を与えた幻想美の傑作です。@ 

1843 ポー「黒猫」@ 

1844 デュマ『モンテ・クリスト伯』@ 

1845 ポー「大鴉」@ メリメ「カルメン」@

1847@@ サッカリー『虚栄の市』(~48) 『バリー・リンドン』で代替するとスタンリー・キューブリックの映画も楽しめる

エミリー・ブロンテ『嵐が丘』@ 

シャーロット・ブロンテ『ジェーン・エア』@ 

ミシュレ『フランス革命史』 歴史? 

1848 デュマ・フィス『椿姫』@ 

1849 キェルケゴール『死に至る病』哲学?

サンド『愛の妖精』恋愛実話? 

シュトルム『みずうみ』@

1850 ホーソーン『緋文字』@ 

1851 メルヴィル『白鯨』@ 

1852ストウ『アンクル・トムの小屋』黒人哀歌? 

1853年 ケラー『緑のハインリヒ』若き芸術家ハインリヒが、故郷を離れ画家を目指し、都会での挫折や人間関係(特に女性たちとの恋)を通して成長し、最終的に「完成した人間」へと近づいていく物語 教養小説? 

    1853年インド大乱 

1854年 アンデルセン『絵のない絵本』@ 

ソロー『森の生活』@ 

ネルヴァル『火の娘たち』夢と現実、過去と現在が交錯する幻想的な短編集で、特に代表作「シルヴィ」では、語り手がパリで出会った女優の面影から、故郷ヴァロワでの若き日の思い出(金髪のアドリエンヌと黒髪のシルヴィ)を回想し、失われた愛と青春への郷愁を描いています。作品全体は、神話、伝説、回想、そして幻想が入り混じり、現実と幻想の境界が曖昧になる独特の雰囲気が特徴で、マルセル・プルーストなど後世の作家にも影響を与えた傑作群短編集 岩波文庫? 

1855 ホイットマン『草の葉』@

   このあたりからリアリズムや写実主義が。。。。

1857 シュティフター『晩夏』嵐を避けて「薔薇の家」に滞在した青年ハインリヒが、屋敷の主やその養女ナターリエとの交流を通じて、静かで教養に満ちた「理想的な家庭」のあり方と人生の輝きを見出し、成長してナターリエと結婚する物語で、自然描写と人間性の内面が深く描かれ、「ドイツ文学の至宝」と称される教養小説です? 

フローベール『ボヴァリー夫人』@ 

@@ボードレール『悪の華・巴里の憂愁ほか』象徴主義の代表詩集? 

1859 ディケンズ『二都物語』@ 

1862 ツルゲーネフ『父と子』@ 

ユゴー『レ・ミゼラブル』@ 

1863 ルナン『イエスの生涯』 歴史? 

1864 トルストイ『戦争と平和』(~69)@ 

1865 キャロル『不思議の国のアリス』@ 

1867 アルジャー『ボロ着のディック』19世紀ニューヨークの貧しい靴磨きの少年ディックが、勤勉と誠実さで成功を掴む立身出世物語で、裕福な少年フランクとの出会いをきっかけに、人生を大きく変え、自己啓発の原点とも言えるアメリカン・ドリームを描いた靴磨き少年のアメリカンドリーム? 

1868 オルコット『若草物語』@

1870 ヴェルヌ『海底二万海里』@ 

1872 ドーデー『アルルの女』@ 

1875 トルストイ『アンナ・カレーニナ』(~78)@ 

マラルメ『牧神の午後』夏の午後のまどろみの中、半獣神(牧神)がニンフたちとの官能的な夢想に耽る様子を、おぼろげな自問自答形式で描いた詩です。パンの笛(フルート)の音色と共に、ニンフのヴェールへの執着や幻惑的な体験を、牧歌的かつ象徴的に表現しており、ドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』やニジンスキーのバレエの元となった詩集? 

    以下より自然主義 

1877 エミール・ゾラ『居酒屋』@ 

1879 イプセン『人形の家』 @ 

ジェイムズ『デイジー・ミラー』 アメリカ娘とヨーロッパ、『ネジの回転』で代替@

ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』@ 

1880 エミール・ゾラ『ナナ』@ 

ギ・ド・モーパッサン『脂肪の塊』@ 

1883 スティーヴンスン『宝島』@ 

ギ・ド・モーパッサン『女の一生』@

リラダン『残酷物語』光文社古典新訳の『未来のイブ』でもOK? 

1884 トウェイン『ハックルベリィ・フィンの冒険』@

ユイスマンス『さかしま』俗世を嫌悪し、人工的な美と退廃の世界に隠遁した貴族デ・ゼッサントの物語で、作劇的な物語は少なく、主人公の趣味や内面描写が中心。ブルジョワ的な社会に反発し、パリ郊外の一軒家で書物や絵画に囲まれた生活を送るが、最終的には心身の不調から俗世へ引き戻されるという、デカダンス文学のバイブル? 

1886 バーネット『小公子』 秘密の花園、小公女でも?

1887 二葉亭四迷『浮雲』@ 

1888 ストリンドベリ『令嬢ジュリー』夏至祭の夜、伯爵令嬢ジュリーが身分違いの召使いジャンと一夜を共にしてしまう物語で、翌朝、誇り高きジュリーが自殺を選ぶという悲劇を描いています戯曲? 

1889 ハウプトマン『日の出前』女性問題や禁酒問題の戯曲? 

@@1891 ハーディ『ダーバビルのテス』  

cf @@ミドル・マーチ4冊 BBC推薦一位だがウィキであらすじ理解するまでは塩漬けかなあ

ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』男色文学のはしりかも? 

1893 ルナール『にんじん』@ 

1894 キプリング『ジャングル・ブック』インドのジャングルでオオカミに育てられた人間の少年モーグリが、クマのバルーや黒ヒョウのバギーラら動物たちと「ジャングルの掟」を学びながら成長し、宿敵であるトラのシア・カーンとの対決や、人間社会との関わりの中で自己を見つめ直す物語童話? 

1895 スティーヴン・クレイン『勇気の赤い勲章』@

1896 シェンキェーヴィチ『クオ・ワディス』キリスト教が国教となるまえのネロのローマ? 

1897 ロスタン『シラノ・ド・ベルジュラック』@ 

1898 ジェイムズ『ねじの回転』@ 

1899 ケイト・ショパン『目覚め』は、19世紀アメリカ南部を舞台に、ひとりの女性が独立した認識を確立?

1900 ジョゼフ・コンラッド『ロード・ジム』卑怯者に栄光はあるか、これは最も現代的な古典であり名作である?

 ――20世紀の人類の科学の発展は著しかった。飛行機、潜水艦、宇宙ロケットの開発により、人類の行動可能な範囲は、空へ深海へ宇宙へ拡大した。科学の発展は産業の発展をもたらし、大量生産、大量消費の社会を中心に、人々の生活を豊かな観点から、環境問題など多くのさらに高度な科学技術は、許容できない破壊力の大きな軍事も恐れ、現在では人類を何度も滅亡させることの出来るほどの妥協、化学兵器が存在するまた、産業革命に向けて増加のペースが早まっていた世界人口は、20世紀に入って人口爆発とも呼ばれる相当な増加を見せた。次世界大戦終結後の1950年に約25億人となり、それからわずか50年しか経ってない20世紀末には2倍となる約60億人以上まで膨張している。 帝国主義の崩壊 20世紀は、2度の世界大戦とその後の冷戦、植民地独立などにより、何度も政治的なパワーバランスの大きな変化が訪れた。競争と市民革命の流れは終了し、20世紀の最初は列強による本国と獲得した植民地保護(帝国主義体制)を維持するために、勢力均衡による安全保障が図られるようになり、また市民革命や人権問題(白人至上主義等)などにおいては後まわしとされがちだった、社会改革・改善への要求が強かった。また日本の近代化の成功や日露戦争の勝利に刺激され、中国では辛亥革命[注2]列強による勢力均衡が勃発した時、第一次世界大戦が勃発した。 この大戦は総力戦となり、ヨーロッパは疲労弊し国際的な影響力が低下、厭戦気分と専制政治への反感から、ロシア帝国では史上初の社会主義革命が発生し、世界最初の社会主義国家であるソビエト連邦が成立した。オーストリア =ハンガリー帝国、ドイツ帝国、オスマン帝国もまた、ロシア帝国同様に崩壊し、ローマ帝国以来およそ1900年以上長く続いてきたヨーロッパにおける帝国支配の歴史は、名実共に崩壊の時を迎えた。 1930年代には世界恐慌が発生し、ここで詰まった枢軸国と、植民地大国である連合国との間で第二次世界大戦が勃発した。ニ度の世界大戦を勝ったアメリカ国家は超大国となり資本主義国家勢力を下におっている。 さらに黒人の公民権運動などによりアメリカの民主主義はより高度なものに発展した。 一方、第二次世界大戦の勝戦国の植民地となっていたインドや東南アジアでは独立運動があった、インドネシア独立戦争を火種に一斉独立していた。戦争も戦争中に東欧諸国を衛星国化して超大国となった。 両国は対立し冷戦と呼ばれる時代となった。 ヨーロッパは、EEC(欧州経済共同体)を発足し、さらにEC(欧州共同体)、EU(欧州連合)まで統合を進めた。その後、東西の緊張緩和(デタント)ありましたが、再び米ソ間は緊張状態に時期がありました。 ソ連ではゴルバチョフがペレストロイカをで 軍縮と緊張緩和につとめ、1989年12月、マルタでジョージ・ブッシュ大統領と冷戦の終結を宣言した。東欧諸国ではソ連の支配が緩むと東欧革命が来て自立し、冷戦時代は過去のものとなった。世界経済の発展 アメリカ合衆国や、イギリスをはじめとした欧州諸国では、世界恐慌による経済危機を克服するため、公共事業による雇用確保や景気回復を図ったり、社会安全制度を構築する社会政策に力が注目された。市場メカニズムを活用しながら、国家が経済に介入することによって、対立の克服が目指された(混合経済、大きな政府)。は社会自由主義平等や社会民主主義平等だけでなく保守平等にも採用されて各国に未曽有の経済成長をもたらし、 世界的に経済規模は拡大を続けたが、オイルショック以降、国家にかかる負担が目立ち始め、多くの国では不況とインフレーションに見舞われた(スタグフレーション)。などでは1980年代から民間的な自主発的な活力を期待して、各種の法規制を緩め(規制緩和)、公営企業の民営化による解体を行う新自由主義というか小さな政府と呼ばれる政策が新保守一方、北欧などでは自発的な住民自治を期待して1980年代から政府機関の分権化をすめ、環境などの新たな価値を取り入れて、福祉国家の再編成が進んだ

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1901 キプリング『少年キム』19世紀末の英領インドを舞台に、イギリス人の孤児キムがチベット仏教のラマ僧との旅と、イギリスのスパイ活動という二つの世界を行き来しながら成長する冒険物語ロシアとイギリスのグレートゲーム・インド版? 

1902 ゴーリキー『ドン底』@ 

コンラッド『闇の奥』@ 

1903チェーホフ『桜の園』@ 

ロンドン『荒野の呼び声』@ 

1904 ロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』(~12)ベートーヴェンの生涯?

cf  チェスタトン 木曜だった男

1905 夏目捨石『吾輩は猫である』@ 

1906 島崎藤村『破戒』@ 

ヘルマン・ヘッセ『車輪の下』@ 

1908 バルビュス『地獄』これは現実世界での交流では得られない「地獄」のような人間の真実を描き出し、作者の人間愛の萌芽と実践への原動力となった作品で、単なる地獄の描写ではなく、人間存在そのものの「地獄」を描いた人間賛歌です。パリの不倫風俗? 

メーテルリンク『青い鳥』童話?

1909 アンドレ・ジッド『狭き門』@ 

スタイン『三人の女』 19世紀後半のアメリカ東部を舞台に、下層階級の女性たち「お人好しのアンナ」「メランクタ」「やさしいレナ」の人生を、独特の反復的な文体で描いた3つの短編小説集で、彼女たちの日常や悲しみ、感情の動きを淡々と、しかし深く描写短編小説集、ボルチモアが舞台?

 1910 リルケ『マルテの手記』パリでの自伝、かったるかった@

ルルー『オペラ座の怪人』19世紀末のパリ・オペラ座の地下に住む、醜い容姿を持つ音楽の天才「怪人(ファントム)」が、若きプリマドンナクリスティーヌに音楽の手ほどきをし、彼女への狂おしい愛と独占欲からオペラ座で様々な怪事件を起こし、彼女の幼馴染で恋人のラウル子爵と対決する悲しくも壮大な物語 映画あり? 

1912 フランス『神々は乾く』@

   ジョイスなどを中心にモダニズム勃興 

1913 プルースト『失われた時を求めて』語り手である主人公が、マドレーヌを紅茶に浸した際の感覚をきっかけに、幼少期から青年期、そして晩年までの記憶と感情を内省的に辿り、人生で体験した愛、嫉妬、社交、芸術などを詳細に描写する物語で、最終的に「無意志的記憶」によって過去の時間を再体験し、それを芸術として作品化するという創作動機を発見する、自己の人生と芸術の創造過程を描いた大長編小説です。 (~22)? 

cf @@『大菩薩峠』 が執筆開始

1914 カフカ『城』@ 

フロスト『ボストンの北』人生の選択や後悔、アイロニーをテーマにした作品群が含まれ、フロストの故郷ニューイングランドの自然と人間の心情が描かれ、人生の岐路での思索が中心です。 分かれ道のみで満腹@

1915 芥川龍之介「羅生門」@

ギルマン『フェミニジア』この国では、男性がいないため、女性が「産む機械」ではなく、自ら「産み育て」生きがいとし、社会全体で支え合うユートピアが実現していますが、現代の視点からは「母性至上主義」や全体主義的な価値観が垣間見える、時代背景を感じさせる作品でもあります女性だけになった世界? 

モーム『人間の絆』@ 

1916 カフカ『変身』@

ジョイス『若い芸術家の肖像』スティーヴン・ディーダラスという感受性豊かな少年が、幼少期から青年期にかけてアイルランドの厳しいカトリック社会と国家の束縛の中で葛藤し、宗教的・精神的苦悩を経て、芸術家としての自我に目覚め、祖国を離れて自分自身の道を進む決意を固めるまでの成長を描いた物語で自伝? 

トウェイン『ふしぎな少年』ヘッセの『デーミアン』的世界かも? 

1917 アダムズ『ヘンリー・アダムズの教育』は、ボストン市民であったウェル・アダムズ(1838年 -1918年)が、その晩年に至り、自分が青年時代を過ごした19世紀と何もかもが変わってしまった20世紀初頭どのような辛酸をなめつつ生き抜いたかを記録したものである。前世紀の教育理論と教育方法への痛烈な批判となっている。 ?

1918 ヴァレリー『若きパルク』目覚めたばかりの若いパルク(ギリシャ神話の運命の女神)が、自らの存在と世界の真理に目覚め、生の意味を問い、その喜びと苦悩、そして創造の衝動を、内省的・哲学的かつ絢爛たる言葉で描いた詩詩集? 

ウィラ・キャザー『マイ・アントニーア』 舞台は19世紀後半のアメリカ中西部。 ネブラスカの大平原でともに子ども時代を過ごしたこの物語の語り手「ぼく」と、ボヘミアから移住してきた少女アントニーア?

 1919 アンダスン『ワインズバーグ・オハイオ』@

モーム『月と六ペンス』@

1920 ウォートン『エイジ・オブ・イノセンス』1870年代のニューヨーク社交界を舞台に、婚約者のいる若き弁護士ニューランド・アーチャーが、奔放な幼なじみでエレン・オレンスカ伯爵夫人と再会し、厳格な社会の掟の中で禁じられた恋に落ち、その葛藤と、30年後に訪れる淡い再会を描く物語ですアメリカ上流の恋と葛藤? 

カレル・チャペック『ロボット』山椒魚戦争@ 

ザミャーチン『われら』未来の管理社会「単一国」を舞台に、建造技師Д-503(ディー・ゴーサンジュウサン)がI-330(イー・サンサンジュウ)という女性と出会い、理性と論理だけで成り立つ世界に「魂」や「自由」の概念を取り戻していくSF小説で、最終的に管理社会への反逆が失敗し、想像力摘出手術を受ける物語です。 (~21) 真昼の暗黒的世界@ 

マルタン・デュ・ガール『チボー家の人々』(~40)物語はカトリックの富裕な実業家であるチボー家の子息アントワーヌおよびジャック、それにジャックの友人でプロテスタントの家庭の息子であるダニエルの3人の少年が中心となり、彼らの青春時代第一次世界大戦期10年間のヨーロッパにおけるブルジョワ社会や思想状況が描かれていく?

ルイス『本町通』安芸高田市長石丸真司の女性版?

1921 ハシェク『兵士シュヴェイクの冒険』(~22)@

  ピランデッロ『作者を探す六人の登場人物』劇団の稽古場に「父親」「母親」「娘」「息子」「少年」「少女」の喪服姿の6人が現れ、自分たちの悲劇的な物語を完成させ、上演してくれる作者を探しに来たという設定の戯曲で、虚構(登場人物)と現実(俳優・演出家)の境界が曖昧になり、物語の「真実性」や「演劇の限界」を問いかける 前衛演劇の始まり@

  魯迅『阿Q正伝』@ 

1922 エリオット『荒地』@ 

E・E・カミングス『巨大な部屋』捕虜の実話体験 不条理文学:軍の不条理な決定や官僚主義を、アイロニーとユーモアを交えて批判的に描いている。自伝? 

ジョイス『ユリシーズ』ながい!? 

1923 コレット『青い麦』@ 

ラディゲ『肉体の悪魔』@ 

魯迅『吶喊』は『阿Q正伝』代替OK@

 1924 オニール『楡の木陰の欲望』義母との姦通@ 

トーマス・マン『魔の山』@ 

フォースター『インドへの道』 「眺めのいい部屋」で代替OK

1925 ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』@ 

ドライサー『アメリカの悲劇』実話殺人事件、自然主義?

 1927 モーリヤック『テレーズ・デスケルウ』@ 

1928 ショーロホフ『静かなるドン』(~40)第一次世界大戦・ロシア革命に翻弄された黒海沿岸のドン地方に生きるコサック達の、力強いも物悲しい生きかた 社会主義リアリズム? 

ブレヒト『三文オペラ』@

ブルトン『ナジャ』詩人である作者がパリで「ナジャ」と名乗る謎めいた女性と出会い、彼女との交流を通して「私とは誰か」「愛と自由とは」といった根源的な問いを探求する物語 シュールレアリスム? 

ロレンス『チャタレー夫人の恋人』@

cf ジョルジュ・バタイユ 『眼球譚』 上と並んで、まさに性の解放の時代の始まり

1929 クローデル『繻子の靴』16世紀末の大航海時代スペインを舞台に、人妻プルエーズと征服者ロドリッグの禁断の愛、そして神への信仰と世界との関わりを描く壮大な詩劇で超長戯曲? 

ジャン・コクトー『恐るべき子供たち』貴族趣味の陰惨な近親相姦的あらすじだった@

小林多喜二『蟹工船』@

トマス・ウルフ『天使よ故郷を見よ』自伝的成長小説?

ウィリアム・フォークナー『響きと怒り』南部ゴシックの創始者@

1930 プラトーノフ『土台穴』があって工場を見つけられたヴォーシェフがたどり着いた場所。という未来のために、男たちが身を粉にして掘り続ける「土台穴」と、貧農から富農が奪われ、殺されるコルホーズでした? 

マルロー『王道』『征服者たち』(1928年)および『人間の運命』(1933年)とともに、アジア革命を注目した三部作を構成している?

テグジュペリ『夜間飛行』@

巴金『家』 『寒い夜』(日中戦争末期の重慶)で代替親族もの昼ドラの決定版、文革で挫折? 

@@パール・バック『大地』辛亥革命前後の中国、加藤君おすすめ?

ヘルマン・ブロッホ『夢遊の人々』1932年それぞれ1888年、1903年、1918年のドイツを舞台として、一般的な価値観の崩壊が伝統的な小説形式の解体と平行形で描かれている?

オストロフスキー『鋼鉄はいかに鍛えられたか』ロシア革命の吹きすさぶ嵐の中で、古い力の破壊と新しい社会の建設のために、ヒロイズムと献身熱情にもえつつ、たかい、傷つき、あるいは倒れていた青年たちの輝かしい人間像を描く?

セリーヌ『夜の果てへの旅』@

ムージル『特性のない男』『特性のない男』はおおまかに前半と後半に分けられます。前半では徹底した現実批判が行われますが、その表現にはアイロニーや皮肉が用いられています。この批判を通じて、現実の問題点を浮き彫りにし、確実な認識を得ようとする試みが行われます。一方、後半では現実の荒涼たる状況に対してユートピアを打ち立てる試みが行われます。このユートピアへの志向は、千年王国とも呼ばれますが、一般的なロマンチシズムやアナクロな夢想とは異なり、心理学や認識論に基づいた堅固な土台の上に成り立っています。後半では前半以上に厳しい批判が志向自体に向けられており、このため執筆が滞ったと考えられます。しかしながら、後半の内容は磨き抜かれており、ますます輝かしい記述になっています。ここでは自己陶酔や自己否定はなく、高い品質の文章が綴られています。?

1932 モーリヤック『蝮のからみあい』親族の確執: 主人公の財産を狙う親族間の確執も物語の重要な要素です。宗教的背景: キリスト教が根底にありますが、説教じみておらず、人間の本質を深く描く.?

ローラ・インガルス・ワイルダー『森の小さな家』映画で@

1933年 マルロー『人間の条件』1927年に中国・上海で起きた共産主義の扇動による労働者の蜂起の失敗と中国革命の経過に飲み込まれていく様々な人々のグループが諦めしつつ生きることの葛藤を描いたものである。 横光利一『上海』1925年の530事件で代替@

1934@@ヘンリー・ミラー『北回帰線』1930年代のフランス(主にパリ)の地獄? 

1935 川端康成『雪国』@

ジロドゥ『トロイ戦争はおこらない』戯曲@

1936 @@ベルナノス『田舎司祭の日記』宗教成長小説。。。

マーガレット・ミッチェル『風と共に迷ぬ』@

老舎『駱駝の祥子』一応新書で梗概は知った@

1937 クローニン『城砦』@

イサク・ディーネセン『アフリカの日々』映画で@

ハーストン『彼らの目は神をみていた』アフリカ系アメリカ人女性ジェイニー・クロフォードの半生を描き、愛と自立、そして自己表現の物語で黒人文学?

1938 サルトル『嘔吐』歴史研究者の主人公アントワーヌ・ロカンタンが、フランスの港町ブーヴィルで過ごす中で、日常のあらゆるもの(小石、パイプ、ドアノブ、自分自身など)から存在そのものの不条理と偶然性を感じ取り、耐え難い吐き気(嘔吐感)に襲われる物語です。この体験を通じて、人間にはあらかじめ定められた意味や本質はないと知る実存主義文学ならこれ?

 ソーントン・ワイルダー『わが町』@

ドス・パソス『U・S・A』20世紀の最初の30年間におけるアメリカ社会の歴史的発展? 

1939 フラン・オブライエン『スウィム・トゥー・バーズにて』のらくらの大学生の語り手が執筆中の小説の主人公トレリスは、二十年も部屋にこもりきりの作家である?

ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』神話的世界と現代を二重化する重層的な物語構成と相俟って、文学的達成の極?

スタインベック『怒りの葡萄』@

チャンドラー『大きな眠り』『長いお別れ』で代替@

1940 カロッサ『美しき惑いの年』老作家が自身の医学生時代のミュンヘンでの一年間を回想する自伝的小説で、青春の「惑い」の中で人間として成長する過程を描き、特に詩人デーメルへの傾倒、謎めいた年上の女性アルディーンとの出会い、田舎娘アマーリエへの淡い恋心、医学の実践と内面的な葛藤を通して、真摯な生き方を見出していく詩情豊かな物語で自伝? 

ブッツァーティ『タタール人の砂漠』 「人生」という名の主人公が30年続く辺境での生活になにひとつの出来事らしいものを起こさない......20世紀幻想文学の古典。?

  1941年にジョイスがなくなり、以後をポストモダンとする 

1942年 カミュ『異邦人』@ 

1943年 サルトル『存在と無』哲学? 

サロイヤン『人間喜劇』 『我が名はアラム』で代替@

谷崎潤一郎『細雪』@

ヘッセ『ガラス玉演戯』実存主義にも影響したといわれる 主人公クネヒトは少年時代から人生を讃え頂上に登り詰める。 一方、そんな理想郷にも変化は訪れ、クネヒトを驚きの決断に追い込む。苦悩が垣間見える? 

ボーヴォワール『招かれた女』第一次大戦後から第二次世界大戦が始まるまでのパリの知識人の様子? 

1944 ボルヘス『伝奇集』 最後の短編集「シェクスピアの記憶」で代替

1945 ウィリアムズ『ガラスの動物園』@

オーウェル『動物農場』@

ロルカ『ベルナルダ・アルバの家』、夫の死後、5人の娘たちに8年間の厳格な喪に服すことを強要した母ベルナルダと、閉鎖空間で抑圧された娘たちの間の悲劇を描く物語で、長女の婚約者(ペペ・エル・ロマーノ)と末娘アデラが密かに恋に落ちたことから、嫉妬や憎悪が噴出し、最終的にアデラの自殺と一家の破滅へと至る、愛と抑圧、名誉の悲劇で戯曲?

 1946 マッカラーズ『結婚式のメンバー』@

レマルク『凱旋門』『西部戦線異なし』で代行@

老舎『四世同堂』教師の祁終宣は四世代同居の生活を送っていたが、弟の端全が城外に脱出して抗日戦に身を投じたことで、己の身の振り方について葛藤する、中公新書の評伝で代替@

 トーマス・マン『ファウスト博士』マーラーやシェーンベルクをも髣髴とさせる運命的な天才作曲家の旅と、ナチズムの足はどんどん大きくなって行く社会状況が織りなす?

マルカム・ラウリー『火山の下』母国からから遠く離れたメキシコの地で、酒に溺れてゆく元英国領事の悲喜劇的な一日を、美しくも破滅的な迫真の筆致で描く? 

カザンザキス『その男ゾルバ』アンソニークインの映画で? 

トルーマン・カポーティ『遠い声、遠い部屋』@

太宰治『人間失格』@

ノーマン・メイラー『裸者と死者』 映画『シン・レッド・ライン』で代替@

ウェルティ『黄金の林檎』キング・マクレインという神出鬼没の男が「黄金の林檎」を求めて放浪する物語を中心に、狭い土地に生きる人々の人間ドラマを壮大なスケールで展開する家庭小説? 

@@ジュネ『泥棒日記』『花のノートルダム』で代替

ポール・ボール ズ『シェルタリング・スカイ』 犯されて異民族の妻になる。映画あり?

アーサー・ミラー『セールスマンの死』 @

1951 グラック『シルトの岸辺』宿命の力によって破滅まで進んでゆく国家を描いたグラック最大の長編? 

サリンジャー『ライ麦畑で捕まえて』@

マッカラーズ『悲しき酒場の唄』「結婚式のメンバー」で満腹@

ユルスナール『ハドリアヌス帝の回想』第14代ローマ皇帝で五賢帝の一人ハドリアヌスが、その死に際し自身の後継者と目していたマルクス・アウレリウス・アントニウスに宛てて書いた回想録の形を取って?

1952 オコナー『賢い血』『善人はなかなかいない』で代替@

エイモス・チュツオーラ『やし酒飲み』@

ベケット『ゴドーを待ちながら』@

ヘミングウェイ『老人と海』@

1953 カルペンティエル『失われた足跡』@

 正確には、この辺りがマジックリアリズムの開祖だろう

ボールドウィン『山にのぼりて宣言せよ』ホモの黒人の自伝? 

1954 ウィリアム・ゴールディング『蝿の王』@

フランソワーズ・サガン『悲しみよこんにちは』@

トールキン『指輪物語』(~56)映画でみた@ 

1955 オコナー『善人はなかなかいない』@ 

ナボコフ『ロリータ』@

ルルフォ『ペドロ・パラモ』@

レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』旅行記・人類学?

1956 オニール『夜への長い旅路』1912年の夏のある一日を舞台に、俳優の父ジェイムズ、モルヒネ中毒の母メアリー、放蕩癖のある長男ジェイミー、結核を患う次男エドマンド(オニール自身がモデル)という、崩壊寸前のタイロン一家が、過去の罪と後悔、愛憎、そして家族としての絆と絶望を赤裸々に描き出す青春時代における家族の凄惨な姿を描いた自伝 大竹しのぶ主演の戯曲あり? 

オクタビオ・パス『弓と竪琴』詩(弓)と神秘主義(竪琴)という対極的な要素が織りなす人間の創造性の本質を探求し、「秩序と破壊」「言葉と沈黙」といった二元性をテーマに、詩的体験と存在論を考察する作品評論?

ボリス・パステルナーク『ドクトル・ジバゴ』@

ビュトール『時間割』主人公のジャック・ルヴェルは、濃霧と煤煙につつまれた都市ブレストンを訪れる。暮らした主人公の一年間の時間割を、記憶と回想の巨大なカノンに響かせて再する構成。 ヌーボ・ロマン?

三島由紀夫『金閣寺』@

1957

ケルアック『オン・ザ・ロード』ビートニック・ロードノベルの傑作@

ビュトール『心がわり』きみは早朝の列車に乗り込む。 ローマに住む愛人と離婚してパリで同棲しようと考えるために。 2人で探索したローマの遺跡群をはじめ、いろいろな期待は楽しい ヌーボ・ロマン? 

マラマッド『助手』『魔法の樽』で満腹@

ロブ=グリエ『嫉妬』夫(語り手)が妻「A」とその愛人「フランク」の不倫を、ブラインド(Jalousie)越しに執拗に、そして客観的に描写する物語ヌーボーロマン? 

1958 チヌア・アチェベ『壊れゆく絆』@

ピアス『トムは真夜中の庭で』退屈な夏休みを過ごす少年トムが、真夜中に「13時」を告げる古時計の音をきっかけに、昼間は存在しないはずの庭園と、そこで出会うヴィクトリア時代の少女ハティとの交流を通して、時間と成長を描く幻想的な物語童話?

 1959 グラス『ブリキの太鼓』グロテスク・リアリズム@

クノー『地下鉄のザジ』パリのドタバタ喜劇@

シリトー『長距離走者の孤独』@

@@バロウズ『裸のランチ』 薬物中毒の幻想 あまりにらりってるので自伝『ジャンキー』で代替とする

ロス『さようならコロンバス』『素晴らしいアメリカ野球』で満腹@ 

1960 ジョン・アップダイク『走れウサギ』映画『イーストウィックの魔女たち』で満腹@

イヨネスコ『犀』町の人々が次々と「犀」に変身していく不条理な現象を通して、集団心理、同調圧力、全体主義への警告を描いた不条理演劇の傑作電子あるが高価 あのトッドが引用していた? 

大西巨人『神聖喜劇』(~70)内務班を描いているが、むしろ戦前の左翼インテリの蘊蓄@

クロード・シモン『フランドルへの道』具体的な物語というより、1940年の フランスの敗走(第二次世界大戦)前後の騎兵兵士の記憶、戦争、性、競馬、風景などが、複雑に交錯し重層的に描かれる作品で、一文が非常に長く、視覚的なイメージと感覚が凝縮された「言語のスクリーン」のような小説でヌーボーロマン? 

ジョン・バース『酔いどれ草の仲買い人』この小説が目指しているのは疑似古文での古典の再構築であり、実在の人物を大胆に動かしたメリーランド州の歴史の再構築である?

リー『アラバマ物語』映画でみた@ 

1961 アクショーノフ『星の切符』ソ連版青春群像? ​​

ヘラー『キャッチ=22』@ 

レム『ソラリス』映画でみた@ 

cf 谷崎 『瘋癲老人日記』 老人性愛、著者75歳の著作、5年後に逝去@

1962 安部公房『砂の女』@

オールビー『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』@

ケン・キージー『カッコーの巣の上で』映画でみた@

ソルジェニーツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』@

ボールドウィン『もう一つの国』ホモ黒人と白人青年の物語? 

ムヒカ=ライネス『ボマルツォ公の回想』現代の作家が過去の偉人に乗って70%は勝手な想像だとか(作家談話)で書いた荒唐無稽な 南米小説 

レッシング『黄金のノート』林芙美子『放浪記』や山崎豊子の一連の作品のような自伝的要素を持ちつつ、より複雑で多層的な構造で、現代女性の苦悩や解放、そして「自由な女性(Free Women)」としての生き方を模索する物語女性の自立、差別などの社会問題を取り上げる? 

1963 トマス・ピンチョン『V.』闇の世界史の随所に現れる謎の女、V.。“探索者”ハーバート・ステンシルと、そこらはどうでもよい“木偶の坊”ベニー・プロフェインの二人は出会い、テロ運命の地まで吸い寄せられる  『競売No49』で代替@

シルヴィア・プラス『ベル・ジャー』1950年代のアメリカを舞台に、才能ある女子大生エスターがニューヨークでの夏期インターンシップをきっかけに精神的な崩壊を経験し、自殺未遂を経て精神病院に入院するまでを描いた半自伝的小説で、理想と現実のギャップ、女性が置かれた社会的な抑圧の中で自己を見失い「ガラスの瓶(ベル・ジャー)」に閉じ込められたような息苦しさを感じていく過程を、シニカルかつ繊細に描いた物語です。 自殺祈願? 

ホークス『もうひとつの肌』父親、妻、娘たちの自殺。愛に生きようとする主人公スキッパーの人生を蝕む死の数々―。〈死〉見つめられた主人公の怖くて滑稽な人生を、ゴシック?

 1964 ソール・ベロー『ハーツォグ』『明日をつかめ』で代替@ 

1965 カポーティ『冷血』@ 

小島信夫『抱擁家族』@

コルタサル『石蹴り遊び』短編? 

ピンター『帰郷』舞台は北ロンドン。引退した肉屋の父マックス、その弟で運転手のサム、ボクサー崩れの次男ジョーイ、そして執念深い三男レニーという、男ばかりで殺伐と暮らす一家のもとへ、長男のテディがアメリカから6年ぶりに帰国します。テディは大学教授として成功しており、妻のルースを初めて家族に紹介するために連れてきましたが、事前に帰宅を知らせていませんでした。再会した家族の間には、歓迎のムードはなく、不穏で暴力的な空気が流れます。男たちはルースを卑猥な言葉で挑発し、ルースもまた、彼らの攻撃性を動じることなく受け流し、次第にその場の支配権を握っていきます。物語の終盤、家族はテディに対し「ルースをロンドンに残し、自分たちの娼婦として養う」という驚愕の提案をします。テディはこの提案を冷静に受け入れ、一人でアメリカの子供たちのもとへ帰ることを決めます。残されたルースは、膝をつくマックスや男たちを従え、その家の「女王」のような存在として君臨するところで幕が閉じます。家族不倫もの? 

1966 バルガス=リョサ『緑の家』、チボの狂宴、激動の時代もよかった@

ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』(執筆は1929~40)@

マラマッド『修理屋』『魔法の樽』で代替@

ル・クレジオ『大洪水』河出文庫あり、西洋主要都市の混乱と恐怖を描いた?

1967 大江健三郎『万延元年のフットボール』@

カヴァン『氷』@

ガルシア=マルケス『百年の孤独』@

ロバート・クーヴァー『ユニヴァーサル野球協会』中年会計士ヘンリーがサイコロと表を使って自作の野球ゲーム「ユニヴァーサル野球協会(UBA)」に没頭する物語で、完全試合を達成した投手に悲劇が起きたことをきっかけに、ゲームの虚構世界が現実世界に侵食し始める様子を描き、最終的には虚構と現実の境界が曖昧になっていくポストモダン小説です空想野球小説?

ミシェル・トゥルニエ『フライデーと太平洋の冥界』逆ロビンソン? 

ドナルド・バーセルミ『雪白姫』退屈と不安の現代に生きる雪白姫とその恋人に贈る荒唐無稽のスーパー前衛ファンタジー?

リチャード・ブローティガン『アメリカの鱒釣り』@

 1969 アレナス『めくるめく世界』実在したカトリック神父の冒険@ 

 cf フェンテスの『テラノストラ』の代わりに『老いぼれぐリンゴ』で代替@

ヴォネガット『スローターハウス5』@ 

オーツ『彼ら』1930年代(大不況の時代)から1960年代(黒人暴動の時代)までアメリカ中西部の大都市ミシガン州デトロイトに生きた貧しくすさんだ白人一家の二世代に渡って生々しい記録?

パーシー『廃墟の愛』 時代の社会動向が論理的に進み、米国的には次第に左派と右派、白人黒人の間で分断されていった。社会は崩壊し、モア以外の誰も仕方なく始め、モア自身も特に気に留めていなかったのだ。悪化させることにもなりかねず、モアにノーベル賞をもたらたら企む政府代表は、モアが悲惨なことを防ごうとしている、この装置を自分の目的のために利用しようとしている。 子供部屋、夜の遊園地、アニメ映画など、濃密な子供の世界が展開され、驚きの結末を迎えるダークな物語。?

1973 ミヒャエル・エンデ『モモ』時間泥棒? 

アレクサンドル・ソルジェニーン『収容所群島』(~75)『デニソビッチ』で代替@ 

トマス・ピンチョン『重力の虹』 舞台は、第二次世界大戦末期から終わりにかけてのヨーロッパである。モダンポスト長編詩 「競売No。。。」で代替@ 

cf  1974 エミール・ハビービー 悲楽観論屋サイード イスラエル建国後を活写

1956年から書きづけられた『家畜人やぷー』が一応完成

 ちなみに日本赤軍は1971年にはじまる 1972年テルアビブ空港乱射事件

1975 ドナルド・バーセルミ『死父』両目が見開いている。空をじっと見上げている。死んでいるのにまだぼくらといっしょだ。ぼくらといっしょなのに死んでいる。父と彼をとりまく人間たちの葛藤を荒唐無稽なストーリーの中に描く傑作。?

1976 キングストン『チャイナタウンの女武者』、中国系アメリカ人の作家シーン・ホン・キングストンによって書かれ、1976年にアルフレッドA.クノフによって出版された本です。この本は自伝と古い中国の民話ブレンドしています?

アーヴィング『ガープの世界』ガープはレスリングに打ち込み、作家として成功しますが、彼の周りには常に暴力や奇妙な出来事がつきまとい、その人生は悲劇と喜劇が入り混じりながら、現代社会の不寛容さや性の問題をコミカルかつ残酷に映し出します巧妙なストーリーテリングで、暴力と死に満ちた世界をコミカルに描く 映画あるようだ? 

ティム・オブライエン『カチアートを追跡して』@

グリーン『ヒューマン・ファクター』@

シェパード『埋められたこども』物語は、長年疎遠になっていた息子ヴィンスが、ガールフレンドのハリーを連れて実家に帰省するところから始まります。しかし、ヴィンスの家族は彼を家族の一員として認識していないかのように振る舞い、奇妙で不穏な雰囲気が漂っています。 家族は表面的には崩壊しているように見えますが、その根底には、裏庭に埋められた赤ん坊の死体という恐ろしい秘密が横たわっています。家族はこの秘密に縛られ、その場から逃れることができずにいます。 ヴィンスの帰省と、ハリーがその秘密に触れようとすることで、家族間の緊張は高まり、隠されていた真実が徐々に明るみに出ていきます。作品全体を通して、家族の機能不全、過去の罪、そしてアメリカ社会の病理が描かれています。会話のチグハグさから、登場人物たちの間の不和と不義が浮き彫りになります。 戯曲? 

1979 イスカンデル『チェゲムのサンドロおじさん』豪放磊落なサンドロを中心に、旧ソ連、黒海沿岸のアブハジアの人々の生活と文化をユーモラスに描いた破天荒な物語。 ブハジアのガルシア=マルケス?

スタイロン『ソフィーの選択』映画で@

cf ナイポール「暗い河」には、他のナイホール著作同様、非ヨーロッパ文明の方向性に対する疑問が広がる。『神秘な指圧師』で代替?

cf チンギス・アインマートフ 一世紀より長い一日 中央アジアの20世紀?

ワシーリー・グロスマン『人生と運命』スターリングラード攻防戦 映画で代替@ 

1981 フィリップ・K・ディック『ヴァリス』映画『アンドロイド。。。』で代替@

バルガス=リョサ『世界終末戦争』実話にもとづく水滸伝@

ラシュディ『真夜中の子供たち』@

1982 ウォーカー『カラーパープル』一組の黒人姉妹の波乱に満ちた40年を描いた充実した人間ドラマである?

cf プイグ『蜘蛛女のキス』 アルゼンチンの汚い戦争がテーマ、映画でみたからねえ

cf ドノソ『夜のみだらな鳥』名家の秘書ウンベルトは、畸形児〈ボーイ〉の養育を任され、修道院で自身の人生を語り出す。しかし、その語りは悪夢のように、現実と妄想が入り混じり、ウンベルト自身が〈ボーイ〉(怪物)と同一化していく。世界から隔離された「怪物(インブンチェ)の楽園」と修道院が重なり、支配と被支配が転倒し、読者は「黄色い牝犬」の視点を通して、醜悪で不快な幻想の奔流に飲み込まれていく物語です。 チリクーデタ直前の社会を反映?

 1984 アイリス・アードリック『ラブ・メディシン』 ノースダコタ州アーガス(架空の町)を舞台に三代以上のオジブワ族コミュニティの物語の第一作? 

ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』サイバースペース(電脳空間)へのハッキング能力を失った元天才ハッカー「ケイス」が、謎の依頼主(AI)によって能力回復を条件に、巨大企業(テスィエ=アシュプール家)が所有するAI「ウィンターミュート」を解放させるための危険なミッションに挑む物語 電子あり?

 ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』@ 

ジュリアン・バーンズ『フロベールの鸚鵡』フランス文学の巨匠ギュスターヴ・フロベールの遺品を中心に、ポストモダン的な演出に満ちた作品である。?

JG・バラード『太陽の帝国』第二次世界大戦下の上海で、日本軍侵攻により両親と離れ離れになったイギリス人少年ジムが、捕虜収容所での過酷な経験を通して成長していく 映画あるようだ?

1985 アン・タイラー『アクシデンタル・ツーリスト』完璧な日常にうんざりし、逃避願望を抱える中年男性マケナ・モーガンが、予想外の出来事に巻き込まれながら、新たな人間関係や人生の意味を見つけていく物語です。?

 リチャード・パワーズ『舞踏会へ向かう三人の農夫』20世紀を俯瞰する 電子あり?

 アン・ビーティー『愛している』1984年のバーモント州を舞台に、ニューヨークで人気のジャーナリストである35歳のルーシー・スペンサーが、離婚して実家に戻り、家族との関係や自身の人生に直面しながら、過去の恋愛や現在の人間関係を探求していく物語?

村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』@ 

1986 アゴタ・クリストフ『悪童日記』@ 

アトウッド『侍女の物語』代理セックスのための侍女の物語@ 

オースター『幽霊たち』@ 

クッツェー『敵とかフォー』『恥辱』で代替@ 

1988 アジェンデ『エバ・ルーナ』『精霊たちの家』で代替@ 

cf  ナギーブ・マフマーズ(エジプト) アラビアンナイト後日談のミダック横町で代替

  同年ノーベル賞受賞@

トニ・モリそン『ビラヴド』@

ラシュディ『悪魔の詩』 『真夜中の子供たち』で満腹

クリストフ・ランスマイアー『ラスト・ワールド』現代ドイツ文学界の傑出頭脳が生んだ滅亡と再生の神話世界。黒海沿岸の流刑地で果てた古代ローマの大詩人オウィディウス。その遺稿『メタモルフォーセース』を求めローマを出立した男が世界の果てに見たものは…。?

エリクソン『黒い時計の旅』ヒットラーが勝ってたら…ヒトラーの私設ポルノグラファーになった男を物語の中心に据え、現実の二十世紀と幻のそれとの複雑なからみ合いを瞠目すべき幻覚でじっくり見た傑作というが、わかったのは3分のⅠくらいまでだった@

 1989年にチェコのビロード革命でボフミル・フラバル復権、『私は英国王に給仕した!』@

1990 バイアット『抱擁』ヴィクトリア朝時代の詩人2人の秘められた情熱的な恋と、それを現代で研究する2人の学者(モードとローランド)が、詩人たちの手紙や日記を発見する過程で自らも恋に落ちていく様子を、二つの時代を交錯させながら描くミステリタッチの壮大な文芸ロマンスロマンスもの?

クンデラ『不滅』こうして生まれた「女」の、悲哀とノスタルジアに充ちた人生が、時空を越えて、文豪ゲーテと恋人の「不滅」を境愛の闘いの物語と響きあう 『存在の。。』で満腹@ 

1991 カーター『ワイズ・チルドレン』ノーラとドーラは元気な双子の老姉妹。 二人はショウ・ガール時代のおしゃれに心を発揮して、舞台俳優である父親の誕生日パーティに意揚気さとのりこむ。たっぷりのテレビ女優、放浪癖のある手品師など奇想天外な双子4組に、集まる家族のメンバーが勢ぞろい。? 

1992 マッカーシー『すべての美しい馬』ブラッドメリディアン、ザロードと映画『ノーカントリー』で満腹@ 

ムリシュ『天国の発見』「ナチス協力の父とユダヤ人の母」その間に生まれた作者ムリシュの分身・マックス。 オランダの名家の異端児で、マックスと深い深みで結ばれるオノ。とオノ、2人の父親の息子となる稀有な魅力を持った美しい少年・クインテン。 物語は、とある天使が上役に「任務の達成」を報告するところから始まります。天使のささやきに誰も耳を貸さなくなった近代以降の人間たちの人生を、天使は必ず偶然によって翻弄し、「責任」を完了するのでした。と冷戦の歴史を遠景に、3人とその家族の喜びと悲しみが叙述的に、また時に詩的に描かれています。 ……』?

プルー『シッピング・ニュース』主人公を裏切った妻に事故で死んだ父祖の地に戻った新聞記者クオイル。娘2人と叔母自身を人生にかけて、をやり直そう…映画あるようだ?

1997 ギルバート『巡礼者たち』オンボロ車でふらりと牧場に乗りこんできたカウガール、友人の姉と恋におちる15歳の少年、泥棒を選んだ移民と奇術師の友情、トラックがしてひまわり畑で立ち往生する兄妹―舞台とは無縁の彼らにも人生の落とし穴があり、喜びと悲しみの溢れる一瞬がある?

1998 ウエルベック『素粒子』@  

cf  1997 花村萬月 『皆月』ほか『日蝕えつきる』etc@

 同時期 ヤン・ソギル 月はどっちに出ている・血と骨@

キングソルヴァー『ポイズンウッド・バイブル』1959年、アメリカ人宣教師家族が、ベルギー領に立った? 

オルハン・パムク『わたしの名前は赤』『雪』で代替@

ムーア『アメリカの鳥たち』あなたの隣にもきっといる「鳥」たちを、現代アメリカ文学きっての短篇の名手がユーモラスに、シニカルに、エレガントな筆致で描く、女と男の不安と孤独、12篇? 

1999 カニンガム『めぐり逢う時間たち』1923年 ロンドン郊外に住む作家ヴァージニア・ウルフ、1951年 ロスに住む主婦ローラ・ブラウン、2001年ニューヨークに住む編集者クラリッサ・ヴォーン。3つの時代に生きる3人の女性たちのパーティーの準備をしていた。それぞれの過去と思いが溢れる一日。映画あるようだ? 

2000 ケアリー『ケリー・ギャングの真実の歴史』 映画あり?

ダニエレブスキー『紙葉の家』恐怖であり、奇抜な意匠の本でもある? 

エンリケ・ビラ=マタス『バートルビーと仲間たち』バートルビーは好悪が分かれる?

ラヒリ『停電の夜に』@   cf カッサンドラ(クリスタ・ヴォルフ)@

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2001 ゼーバルト『アウステルリッツ』 19世紀から20世紀の暴力の歴史、電子あり? 

2003 閻連科『愉楽』 @ cf カレイド・ホッセイニ 『カイト・ランナー』@

   ここいらがマジックリアリズムの最後尾で、移民関係の作品が出だす

2004 ロラン・ゴデ『スコルタの太陽』@

ロベルト・ボラーニョ『2666』 cf ボラーニョ『アメリカ大陸のナチ文学』で満腹@

タブッキ 『供述によるとペレイラは、、、』イタリア人の描くポルトガル・ファシズム@

2005 スティーヴ・エリクソン『エクスタシーの湖』突然ロサンジェルスの中心部に現われた巨大な湖。 息子を救うために湖底まで潜っていく主人公クリスティンの物語と、2017年西海岸のゲリラ隊の物語が絡み合う? 

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ『半分のぼった黄色い太陽』@

遅子建『アルグン川の右岸』エヴェンキ族最後の酋長の妻、90歳の「私」は、仲間が定住地に移住していくのを見る、森の中で最後までトナカイと一緒に残ることを決意して、これまでの人生を語り始める。 元民族はバイカル湖周辺に住んでいたが、ロシア軍が攻撃してきたため、アルグン川の右岸に渡す。そこは当時、清国だったが、中華民国となる。?

パク・ミンギョ『ピンポン』いじめ、過酷な世の中と、つつましく淡々と描写されるピンポンのコントラストが印象的でした 韓国事情についてはミン・ジン・リー『パチンコ』で代替してみた、ちなみに済州島事件を書いたハンガンはノーベル賞受賞@

リテル『慈しみの女神たち』 ナチスSS実録1000頁!?

2007 フィリップ・クローデル『ブロデックの報告書』@

ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短い凄まじい人生』 ドミニカ人オタクのオスカーという非モテオタクの純粋な恋愛物語だと思ったら大間違い。支配した独裁者トルヒーヨ(トルヒーヨの発音を間違って刑務所行き!)の圧政とアメリカに移住しても祖国の禍根に苛しい親子三代の悲劇 リョサの『チボの饗宴』で代替@

ローラン・ビネ『HHhH』 ナチの金色の狼の暗殺事件の詳述@ 

コラム・マッキャン『世界を回せ』1974年夏。ニューヨーク。ブロンクスのスラムに生きる娼婦たち、彼女たちに命がけでよりそう修道士、ベトナム戦争で息子を亡くすた母親たち―だれもが悲しみと死彩された悲しみの日々に一筋の光を見出すために懸命に生きていた。 映画あり?

cf  2010 『天啓を受けた者ども』 マルコス・アギニス アルゼンチンの汚い戦争

2011 同年 莫言 ノーベル賞受賞(「豊乳肥殿」「酒国」の代わりに『蛙鳴』よんだ)

2013 チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ『アメリカーナ』人種差別問題などをかかえるアメリカ合州国とナイジェリアとの間で生きる女性の物語。電子あり?

2014 フィル・クレイ『一時帰還』イラク戦争に従軍したアメリカ海兵隊員たちの生々しい体験と、帰還後の心の葛藤を描いた群像劇@

マーロン・ジェイムズ『七つの殺人に関する考察』次から次へと現れるクセのある人物たちみな一人称で政治を語り、不良同士の抗争を語り、薬物中毒と殺人と売春を語る。 中でもレゲエ好きなら伝説のように知っている76年の事件が本書の中心で、私も尊敬してやまない偉大な歌手ボブ・マーリーが暗殺された。二大極限がふるいあう暴力を止めようと、彼は大コンサートに出演しようとして政治的に危険な存在となっていた?

アリ・スミス『両方になる』女性もの?

ベン・ラーナー『10:04』女友達に精子提供を頼まれるマルファン病の主人公の懊悩をユーモアをまじえ?  『トピーカ・スクール』で代替 @

2015 ヴィエト・タン・ウェン『シンパサイザー』 @

2016 チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』@ 

2017 ジェスミン・ウォード『歌え、葬られぬ者たちよ、歌え』@

 cf パチンコ ミン・ジン・リー(コリアン系アメリカ人作家)

 ロクサーヌ・ゲイ『女たち』 現代アメリカ社会で生きる様々な「むずかしい」女性たち(困難な状況、複雑な感情、社会の期待との葛闘など)が、それぞれの視点から描かれるオムニバス形式の作品レイプカルチャ? 

オリヴィエ・ゲーズ『ヨーゼフ・メンゲレの逃亡』 @

ジョージ・ソーンダーズ『リンカーンとさまよえる霊魂たち』南北戦争の最中、急死した愛息の墓を訪れたリンカーンに接し、霊魂たちが企てをはじめる。 2017年ブッカー賞受賞?

cf  2020年 パム・ジャン 『その丘が黄金ならば』 中国行きのスローボート関連 

cf 2025 エンリケス 秘儀 : アルゼンチンの汚い戦争

中国現代 閻連科『四書』大躍進の記憶と知識人の矯正キャンプ

                           『心経』 現代中国の宗教事情、聊斎本紀?、エイズ村奇談?

                        余華 『血を売る男』売血で一家を養う庶民のたくましい生き様@

     高行健「ある男の聖書」 国共内戦から大躍進そして文革realism@