2016年4月12日火曜日

死の床に横たわりて

バンドレン一家の近くに住むコーラ・タルは「骨のあるのがすぐ皮膚の下に白い筋になって判る」(11ページ)ほどやつれたアディの顔を眺めていました。外から鋸を使って木を切る音が聞こえてきます。

腕のいい大工職人で、アディの長男のキャッシュが棺桶を作っているのでした。そこへ、次男のダールと三男のジュエルが帰って来ます。
(不義の子 ジュエル 宝石)
アディの夫のアンスは、コーラの夫のヴァーノン・タルと、アディがもし死んだら、アディの生まれ故郷のヨクナパトーファ郡ジェファソンにある先祖代々の墓に埋葬すると約束したことを話していました。

年齢的にはジュエルの下にあたるデューイ・デルは、綿つみの仕事が一緒だったレーフという男の子供を妊娠して困っており、末っ子のヴァーダマンは、知的な障害があって、物事をうまく把握できません。

町医者のピーボディがやって来た時にはアディはもう手遅れでした。

 わしが出てくると、二人はポーチにいて、ヴァーダマンは階段に腰をおろし、アンスは柱のそばに立ち、寄りかかりもせんで、腕をだらんと垂らし、髪は、水につかった雄鶏そっくりにぴったりともつれ合っとる。奴さんは頭だけ向け、わしのほうをちらりと見た。
「どうしてもっと前に呼びにこんかったんじゃ?」わしはいう。
「あれや、これやとあってな」奴はいう。「わしと息子たちで玉蜀黍の始末をつけるつもりじゃったし、デューイ・デルはアディの看病してるし、それに近所の連中が来て、手伝おうといってくれたりするんで、結局わしゃあ……」
「金なんかなんじゃい」わしはいう。「払えねえうちから、わしが責め立てたりしたたためしがあるかい?」
「金をケチケチしたんじゃねえんで」奴はいう。「わしゃただ、ずっと考えてただが……アディはもうおしまいでしょうが?」
(50ページ)

アディは息を引き取ると棺桶に入れられますが、動き回る父の影を感じながら、ヴァーダマンは、「あん時は、魚じゃなくて、母ちゃんだった、今じゃ魚で、母ちゃんじゃない」(74ページ)と思います。

ジェファソンへ向けてバンドレン一家が出発した日は生憎の雨で、川が増水して橋が渡れなくなっていたり、時間が経てば経つほど死体が臭ってはげたかが寄って来たりと、様々な困難に直面していきます。

旅の道中、ダールはジュエルが15歳の頃を思い出しました。ジュエルは、いつでも眠そうにするようになったのです。ジュエルの仕事はデューイ・デルとヴァーダマンが、代わりにするようになりました。

キャッシュとダールは、ジュエルが夜中にカンカラを持って出かけるのを知って、女のところに行っているなと気が付き、話し合います。

 その後は、えらく滑稽な気がしてきた。奴がぼやっとして、やたらに眠たがって、いそいそ出かけて、やせっこけて、自分じゃうまく立ち廻ってる気でいやがる。相手の女はだれだろうかと考えてみた。それらしいのを知ってる限り、思いうかべてみたが、どうもはっきりと判らんかった。
「若い子じゃねえ」キャッシュがいった。「どこかの人妻だよ。若い子じゃ、こんなに図々しく、またこんなにねばる力があるわけねえ。そこが困るとこじゃが」
「どうして?」俺はいった。「娘っ子より人妻のほうが無難じゃねえか。もっと頭を使えや」(137ページ)

しかし、5ヶ月が過ぎて夏から冬になった時、ジュエルは女の元に通っていたのではないことが、みんなに分かりました。クイックじいさんが持っていた、立派なテキサス馬に乗って、帰って来たからです。

40エーカーの土地を開墾してジュエルは馬を手に入れたのでした。アンスは馬など余計に金がかかると怒りますが、ジュエルは「あんたのもんなんか、一口だって食わせん」(143ページ)と言います。

ダールは何故ジュエルがそんな態度を取ったのか分かりませんでしたが、その夜、ジュエルの枕元で暗闇の中母アディが泣き声も出さずに激しく泣いているのを見て、その理由がはっきりと分ったのでした。

元々は小学校の教師をしていたアディ。やがて、わざわざ4マイルも遠回りをして、アンスが馬車で学校を通りがかっていることに気付き、アンスの求婚を受けて結婚しキャッシュとダールが産まれます。

しかしアディにとってアンスは、無意味な存在になっていきました。

 その時のアンスには、自分がもう死んでいることが判っていなかった。時折り、私は暗闇の中で、彼のそばに寝ていて、今は私のいわば血肉のものとなった土地の音を聞きながら、考えたものだった。アンス、どうしてアンスなの、あんたがなぜアンスなの。アンスという名前のことを考えているうち、しばらくすると、名前が一つの形、一つの容器に見えてきて、じっと見守っているうちに、アンスが液化して、容器の中に流れこみ、まるで冷たい糖蜜が暗闇から容器の中に流れこむみたいに、瓶はいっぱいになって、じっと立っている。戸の枠に戸がはまっていないみたいに、意味はありながら、まるで生命のない、ただの形。すると、瓶の名前も忘れていたことに気づくのだ。(184~185ページ)

アンスを遠ざけている内にジュエルを身ごもったアディは、家を清めるためにデューイ・デルを産み、やがてヴァーダマンも産んで、死んだ後はジェファソンに埋葬してほしいと思うようになったのでした。

大工仕事中に転落して足を痛めているキャッシュ、家族を観察して様々なことを考えるようになったダール、兄弟で一人だけのっぽのジュエル、お腹の子をどうしようかと悩み続けているデューイ・デル。

そして現実がよく分からず、「また水のところへゆけば、母ちゃんが見えるんだ。母ちゃんは箱の中にはおらん。あんな臭いなんかせん。母ちゃんは魚だ」(211ページ)と思い続けているヴァーダマン。

はたして、それぞれの思惑や悩みを抱えるバンドレン一家は、無事にアディをヨクナパトーファ郡ジェファソンで埋葬出来るのか!?

とまあそんなお話です。恋人の死など物語では時に美しく描かれる死ですが、フォークナーはとことんリアル、そしてとことんグロテスクに描いています。思わず顔をおおいたくなるような、異臭漂う作品。

視点はころころ変わりますし、「意識の流れ」が書かれるだけに文体はかなり特殊、いきなり過去の話が挿入されて、時系列もばらばら。

とにかく読みづらいので、簡単におすすめは出来ませんが、しかし一人の人間の死を、これほど多角的に描いた作品が他にあるでしょうか? しかも、少しずつ意外な出来事が明らかになっていく面白さ。

一つの家族、そして一人の人間の死にスポットをあてているだけに、衝撃的な犯罪事件を描いた他の作品と比べてより胸に響くものがあったような気がします。興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。

明日もウィリアム・フォークナーで、『アブサロム、アブサロム!』を紹介する予定で、今回のフォークナー特集は、次回で終わりです。
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