2016年4月25日月曜日

サートリス・バーベナの匂い

第1次大戦から帰ってきた、自暴自棄気味の青年が主人公の話。後のフォークナー小説に登場
する人物も何人か現れる。銀行経営の老ベイヤードは御者の黒人サイモンから、孫の
ベイヤードが第一次大戦から帰ってきたと告げられる。父はジョン・サートリス大佐である。
ベイヤードが帰ってきて、老ベイヤード(『バーベナの匂い』の主人公)と叔母の
ジェニイが迎えた。ベイヤードの双子の弟ジョニーはドイツの戦闘機に撃墜されて死んだ。
サートリス家に仕える黒人一家はサイモン、その子キャスビイ、その孫アイサムだ。
キャスビイは大戦に行ったうぬぼれから白人にたいして横柄になるが、すぐ老ベイヤードに
はりたおされる。ベイヤードは自動車を買って叔母ジェニイとアイサムを乗せた。
二人は車のとりこになった。老ベイヤードは、車を嫌い、車に乗る人間には金を貸さなかった
から、この事態に怒る。サートリス家は寿命で死ぬことがなかった。曰く、彼らは戦争を口実に
して自殺するのだ。――サートリス家の人びとが、彼の若いころの紳士であるならあざけり
とばしたであろうもの、今ではどんな貧乏人でも所有し、どんな馬鹿者でも乗りまわすことの
きる機械に乗って、出たり入ったりしているのを見つめていた。ベイヤードはスピード狂である。
町に出て、種馬に乗ろうという無謀なふるまいをして、落馬する。怪我をした直後に酒を飲んで
車で暴走する。
 第一次大戦と、弟ジョンの死は彼に生きることを面倒にさせた。「兵士の故郷」と似た雰囲気が
ある。ヨーロッパからかえってきた明るい好青年ホレス・ベンボウと、彼を溺愛する妹ナーシサ、
それに隣近所の養母に近いサリィ叔母。貧農の大家族スノープス家。
「しかし彼女は一九〇一年以後のことに対しては、それがどのようなことであれ、
おだやかなうちにもきっぱりと自分の心を閉ざしていた。そして完全に過去のなかに生きていた。
彼女にとっては、時は馬にひかれて去っていったのであり、そのあとに残されたかたくななまでに
静かな空白のなかには、自動車の、きしるような制動器の音などは、まったく入ってこなかった」。
ベイヤードは一人で事故をおこして、療養するはめになる。だが、まだ死ななかった。
人間への憎悪を糧に生きるらばの話。ナーシサは結婚した兄に絶望して、ベイヤードとともに
行動するようになる。車をとばしていたベイヤードは山を滑落してしまう。彼は平気だったが、
同乗していた老ベイヤードは死んだ。
彼はポニーで遁走する。――オマエハ自分デ考エテミテモウマクイクハズハナイ、イヤ、
不可能ダトワカッテイタヨウナコトヲワザトヤッテ、ソレデイテ、自分ノヤッテシマッタコトノ
結果ニ顔ヲツキ合ワセルノヲ恐レテイルンダ……
 ベイヤードのみならずサートリス家には死相が出ている。
老ベイヤードの友人ヘンリイらは、皆ヤンキーのことをいまだに根に持っている。
彼らは負けた国なのだ。「レフのはなしでは、おとっつぁんとストンウォール・ジャックソンは、
けっして降服しなかったんだそうです」。連邦政府の、ヤンキーの軍に加わってヨーロッパ戦線に
行くなどけしからんと老マッカラムは言った。ベイヤードはマッカラムの家に逃げ出していたが、
祖父を死なせたことはじきにばれるだろう。彼はクリスマスに汽車で帰る。クリスマスにはみな
祝い、爆竹をならす。
 メキシコからカリフォルニアへと放浪したベイヤードは、デイトン飛行場での試験飛行の
パイロットを引き受け、その飛行機、「紙の上でだけよくとぶ殺人機」は空中分解した。
「あれは行く用もないところに行って、自分にかかわりのないことをやったのですよ」。
ナーシサとベイヤードの赤子だけが残される。

付帯資料

 新潮の短編集でもっともかぐわしい作品は「バーベナの匂い」(1870年代の設定)。
ジェファソンの有力者サートリス大佐(曽祖父)の死を、息子ベイアード(20代、『サートリス』
のオールド・ベイアード)の視点で描いた好編だ。父の妻で、ベイアードにとっては継母にあたる
ドルーシラの髪を飾っていたのが、バーベナの花である。
彼女は、南北戦争が終わってもなお戦場に生きているような女性で「バーベナこそは、
千軍万馬のうちにあってもその匂(にお)いを失わない唯一の植物」と信じていた。
 ドルーシアが8歳年下のベイアード(多分オールド・ベイアード)に求愛のキスを迫る場面が
ある。「彼女が私にたいして異常な視線を投げかけ、彼女の髪にさしたバーベナの匂いが
百倍もまし、百倍もつよくなって、あたりのうす暗がりのなかに瀰漫し、なにか、いままで
夢みたこともないようなことが起りかけているのに気づいた」。濃厚な匂いだ。
長いキスのあと、「彼女はバーベナの小枝を髪からぬいて、それを私の折り襟にさしこんで
くれた」。
 父は、政敵に撃たれて死んだ。その死体の手は、不細工にだらりとなって「人を殺すような
大それた行為を、いままでいくたびとなく重ねてきたとはとうてい思われないほどだった」。
ベイナードは、復讐せよとの期待を一身に背負って政敵のもとへ向かう。襟もとには、
このときもバーベナ。匂いが「もうもうたる葉巻タバコの煙のように立ちこめる」。
それを嗅覚で感じながら、彼はどんな選択をするのか――。

「エミリーにバラを」(1931年)も、ジェファソンの話だ。主人公は、74歳で死んだ
ミス・エミリー・グリアソン。有力者の娘だったようで、父の死後、当時の市長――なんと、
これがサートリス大佐――から税免除の特別待遇を受けた。市長が代わっても
「ジェファソンの町では、わたくしに税金を課さないことになっております」と言って憚らない。
その邸宅の描写は、古のチャールストンを思いださせる。
 「かつては白く塗られていた、大きな、四角ばった、木骨造りの屋敷であって1870年代
特有の、ひどく優雅な様式にのっとって、いくつかの小さな円屋根や、尖塔や、渦巻模様を
施したバルコニーなどで飾られていた」

 エミリーは生涯独身だったが、30代のころに浮いた話があった。相手は、歩道舗装工事の
現場監督として町へやって来た北部男。彼女と四輪馬車でドライブする姿が見かけられたもの
だが、あるときからぷっつり姿を消した。そして、家から異臭が漂うようになる。
今で言うごみ屋敷か。近所から市に苦情が寄せられるが、市長は「きっとあの婦人が使って
いる黒人が庭で殺したヘビかネズミのせいでしょうよ」と、まともに受けあわない……

 この作品で、それなりの役回りを演じる黒人と言えば、長くエミリーに仕えてきた「召使」の
老人くらいだ。ただ、彼の固有名詞は文中にない。それでいて主の秘密を知り抜いている
らしいという皮肉。彼女が亡くなり、弔問客を迎え入れたあと、「まっすぐ家のなかを通り
ぬけると、裏口から出ていったきり、二度とふたたび姿を見せなかった」。
ここにも、南部社会の歪みがある。

http://dspace.lib.kanazawa-u.ac.jp/dspace/bitstream/2297/5223/1/KJ00000706358.pdf

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